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対談:lifeを探して⑪「ガラス界の名スタントマン」

2025.06.28 interview

対談「lifeを探して」の11回目の相手は、吹きガラスの作家の一方、高度な技術で制作を請け負う「ギャファー」としても活躍する長野県在住の加倉井秀昭さん。長年、factory zoomerの作品づくりを陰で支えるガラス界の名スタントマンに、辻和美がその醍醐味を聞きました。
(対談は2025年6月上旬、金沢市のfactory zoomer工房で行った。構成・鈴木弘、写真・鈴木静華、作品写真・加倉井秀昭)


辻:加倉井さんとは一緒に仕事をして20年以上たつけど、最初に会った時は30歳くらいだったかな?
加:そうですね。それぐらいの歳でした。
辻:あれは私が奈良の万葉ミュージアムの天井装飾という大きな仕事を引き受けて、自分以外の誰かに初めて制作を依頼した時でした。アメリカから2人の作家を呼んで、5、6人でチームをつくることになって、アシスタントに吹きガラスの上手な人を探していたら、ある人が加倉井さんを推薦してくれて。シアトル(アメリカ)のピルチャックグラススクールのサマースクールでは、ギャファーと呼ばれる人たちがアーティストと一緒に作品を作って大活躍してたから、その存在は知ってたんだけど、日本に帰ったらそういう人たちがいなくて、海外から呼ぶことになって。改めてなんですけど、加倉井さんにとってギャファーってどんな仕事ですか。
加:僕もあの時、手伝いに行って初めてギャファーっていう名前を聞いたんですよ。それまで学校とかエズラグラススタジオ(福井)とかで働いてて、コップを1日に何個作るという仕事をしてたんです。それがあの時は、大きなものを1日に3つか4つでしょ。実験から始めて、アーティストが気に入るまで、いろいろ試して、2週間ぐらいかけて仕上げていく。
辻:はい。そうでしたね。あんな仕事もう2度とないね。金沢の牧山ガラス工房とか、福井のエズラ工房とか大きな工房を借りながらのプロジェクトでしたね。
加:あれからですよ。この仕事は凄いな、おもしろいな、と思ったんですよ。あの時来たマイケル・シャイナーさん(ガラス作家、元名古屋芸大教授)は作り手としての引き出しが多くて、勉強になったな。多分日本ではあんまり使わないであろう技術も含めて全部いろんなものを出してきて、この人がいれば何でも作れるんだなと。時間をかけて1つのいいものを仕上げていくエネルギー、吹きガラスの技術としては最高峰なんだと。それで自分もこれを目指していけばこの先いろんなものが見えてくる、出来るようになる、進んでいけるんじゃないかなと思ったんです。
辻:えっ、あの時の仕事がギャファーを目指すきっかけになったの?
加:そうですね。あのアシスタントに入ったのがきっかけです。
辻:いやー、それはなんかちょっと嬉しいな。日本ではそういう仕事ってあんまり見ないじゃないですか。 聞かないし。だいたいみんな作家になりたいっていう人が多い。その中で加倉井さんは作家とギャファーの2つのわらじを履いて仕事をしてるわけだけど、そのことに関してはどう思ってるの?作家とギャファーの両立について。


加:基本的に自分の作品を作る時はどうしても技術志向で、ものを考えるので、あの手この手を使うんです。その、あの手この手失敗成功全部含めて、自分は一応目で見たものはなんとなく覚えてて、作ることができるみたいです。ギャファーの仕事の時は、アーティストに「こんなものできますか」って頼まれた時に、昔一度見たり試したりした技法や制作方法が、出てくるって言うとおかしいですけど、あれ使えるんじゃないか、これ使えるんじゃないかなっていうものが出てくることが多いです。 
辻:やはりいろんな意味で引き出しが豊富よね。
加:さっき言ってたマイケルはその引き出しがすごく多かった。それは技術的なことだけじゃなくて、アイディア、「これこれ作ってよ」って言われたときに持ってくる内容がそうですね。そういう手の内がいっぱいあるっていうのは凄いなと思いましたね。
辻:その手数、引き出しはどうやって増やしてきたの?
加:吹きガラスに関してはそんなには新しいことはなくて、実は基本的なところに全部ガラスの動きって集約されてて。 まだ見てない動きだったとしても、例えばこの時だったらこいつならこんな動き方をするだろう、この温度だったらこれぐらいの動き方をするだろうっていう想像の中である程度煮詰めていくことができる。それを何回か繰り返していると、本当に動くんだとか、いややっぱり動かなかったんだっていう、そういううまくいった時とうまくいかなかった時のデータの集積ですかね。ガラスの素性なんてそんなに変わらないと思うんですよ。 そいつをどうやって誘導してやるかっていうのは、多分成功した数と失敗した数、失敗も含めてデータの数っていうのは消さないで。 この失敗の意味っていうのが絶対あるから。 だから結構その失敗してこれこんな動きしたとか、ここで失敗したっていうことの方が、後で血肉になるような気がします。


辻:制作頼まれて失敗した時は、一晩中なんで失敗したんだろうって考えるんですか?
加:いやいや、何を変えたかってことですよね。神様じゃないから失敗しないことはない。失敗して、何かを変えて試してみて、そのままスッといくと、ああこれだったかって分かる。その速さ、失敗した後の対処の仕方がギャファーには必要なんだろうなと思います。次の日も失敗してるとギャラもらえないじゃないですか。
辻:今、何人くらいのアーティストと一緒に仕事してるんですか。私を含めて。
加:だいたい安定して4人ぐらいですかね。
辻:他人の工房に行って、いきなり作るわけでしょ。自分が作りたいと思ってるものと全然違うものでも。どういうメンタリティーでいるのかな。中には作れないかもしれないものが、バーンとドローイングか何かで突然見せられるわけですよね。
加:作れないかもしれないっていう依頼はやっぱりあります。そういう時は、失敗した場合の話を最初にします。こうなるかもしれない、もしもの時にスペアはこれぐらい欲しいと。でも大体(スペアは)ないって言われるんです。まあこっちも依頼を受けた時点である程度これはできるだろう、 うまくいけばできるだろうなとは考えてるんですけどね。
辻:その今同時に制作を請け負っている4人のアーティストってみんな違うでしょ。ドローイングを見せてこういう感じでっていう人もいれば、私みたいにちゃちゃっとチョークで書いたりとか、現物持ってきてこんな感じでって言ったり。凄いね。どんなんでも対応できちゃうだよね。


加:向こうのスタイルはみんな違うんですけど、結局はギャファーの仕事の面白さって、下請けとはやっぱり違うので、寸法を書いてファックスで送ってきて、これ作ってくれって言われてできるのとは、またちょっと違うと思うんです。 
辻:なるほど。
加:その面白さっていうのは、その人が何を作りたいのか、っていうところですよね。 作りたいラインとか、作りたい形とか。 単純にドローイングだけでは分からないところもあったりとか、手癖みたいなものがある。 僕のクライアントは大体皆さんガラス屋さんで、自分でも作ってる方がほとんどなので、その人の手癖とか、シャープなものが好きなのか、エッジが立ってるものが好きなのか、立ってないものが好きなのか、そういうものが分かった時が一番楽です。 逃げ道が無限に広がりますもん。
辻:面白いですね。なんか、こんな話今までしなかったね。
加:その人の好みが分かるまでにちょっと時間がかかりますよね。 初日では絶対無理なことなので、2回、3回と仕事をしていくうちに分かって、じゃあこれでいきましょうかっていう話になります。 
辻:その人が一体どういうものが好きで、どういうところを狙ってるかっていう部分まで入り込まなきゃいけないってことですね。
加:そうじゃないと変な話、自分の好みが出ちゃったりするので。
辻:そうですよね。そこをどう使い分けてるのかなとずっと疑問に思ってたんだけど、その人の中、内側に入っていくんですね。
加:大事なのは完成した時にその人が喜ぶかどうかなんです。喜んでもらえたらそれが多分この仕事が一番面白い状況。 うまいとか下手とかって話ではなくて。そんなに安い値段ではないお金を払ってもらって作って、出来上がった時に「いいのできた」って言ってもらえると嬉しいですね。あとはそれが売れたって聞いた時も嬉しい。
辻:私は加倉井さんとは、一緒に作っているつもりでいます。辻が何を欲しがっているか、理解するにもそれなりの時間が必要だったと思う。今は、もう何も言わなくてもいいくらいに関係は育ってきたと思う。横でたまに、もっと「大きく」っていうくらいかな。(笑)
加:ギャファーは仕事として続かないと話にならなくて。1回、2回だったら、ただのいい思い出で終わってしまう。クライアントでたまに、何を言ってるのか分からない人とか、自分の形がない人がいて、そういう場合は難しいですよね。 作ったサンプルに「違う」だけ言う人も困ります。そういう人たちとは一緒に仕事はできないと思うから、お断りすることにしてます。
辻:これまでずっと聞いてきたんだけど、改めて加倉井さんにとってこのギャファーという仕事の魅力って何?
加:話が重なりますけどやっぱり、その人の作りたいものができる、っていうところが一番面白いかな。その人が「これいい」とか「これできたらカッコいいんじゃないか」と思うものを実際に形にしていくこと、一緒に現実化していく仕事ですよね。すごいデザインを持っていても技術がなくて形にできないのはすごくもったいない。本当の評価の段階まで辿り着いてない。そんな時に自分が蓄積した技術が役に立つのなら、こんな面白いことはないですね。
辻:加倉井さんは美大でも教えてるわけだけど、学校でガラスの仕事っていうとすぐ作家の方向に向かうでしょ。仕事としてのギャファーについて話すこともある?
加:多摩美で話したことがあります。高橋禎彦さん(富山ガラス工房館長、元多摩美大教授)に呼ばれて。自分の技術をクライアントが求めた場合、どうするんだとか、いろいろ聞かれました。僕が持ってる技術の中には自分で見つけた小さな技術も何個かあるんですけど、それは頼まれれば必要なものばっかりなんですよね。 で、それを使うんですけど、本当にもう自分が作りたいものがそのまま向こうが作りたいって言い出した時に、使わなきゃいけないってことは、たびたびある。やっと見つけたのになと思った時があります。 ズーマの仕事の時もありましたよ。
辻:え、本当ですか? 
加:何個もあります。 
辻:例えば?
加:例えば何なんだろう。 例えば高台の付き面がこうなってないやつとか。
辻:ああぁ。分かってないかもしれない。あまりにも自然にやってくれてて。私たちはそこまで技術的なことを追求してきてないから、加倉井さんが自然とやってしまったので、それがオリジナルの技法だって分かってないんだよね。
加:その技術を使ったらできるし、使わなくてもできる。その使い分けができるってことが重要だと思います。みんな作る工程で当たり前になってる現状を疑わないでしょ。そこもうちょっとこうできるんじゃない、ってなった時のその先に続く膨大な時間と失敗の連続を想像して、なかなかそこにいけないと思うんだけど、そういうところを持ってると(作り手として)強いんだろうなという気はしますね。あと人のデザインを見てると、その人の好みとか癖とかがあってすごく楽しい。自分のデザインじゃないから余計ニュートラルに見れるんですよ。
辻:単純に技術の継承とかいう問題じゃないんだね。
加:そうね。純粋な技術でいければ、まだ人に伝えることもできるんだけど。結局、最後は人間同士の話になってくるから。どこまで相手の懐に入れるか。そこは教えようがない。 ギャファーっていう看板がどうしても表に出てこないのは、作家である自分が作ってるっていう立ち位置を崩してないんだろうなと思う。 そこだけで自分のプライドの持っていきようが変わってくるから。ギャファーに関しては、この人(クライアント)が喜ぶところにたどり着かないとダメってなると、自分の得意なものとかは別に必要ないんですよ。 自分のプライドはこの人に合わせることが今のプライドで、いいものを作るっていうプライドとは全く別のものなんです。
辻:めっちゃ深っ! 思ってたのと全然違ってた。クライアントが喜ばないと、終われないんですね。自分の気持ちは一旦横に置いておけるって凄いよ。
加:分かりやすく言うとOS(パソコンを動かす基本ソフト)なんですよ、そのクライアントが。僕がその中に入れればちゃんと形になっていくんです。


辻:それでズーマは去年「life」という名前の新しいお店を作ったんですけど、加倉井さんはライフと聞いて何を思い浮かべますか。
加:純粋に言葉自体からポッと出てくる心象風景は昔の晴れた河原の辺りの自由な暮らし、楽しかった頃の生活。もしもライフっていう名前のアルバムを出したとしたら、多分レコードのジャケットはそんな感じ。河原でビールでも飲んでるかもしれない。
辻:そうか、そうか。じゃあ、ギャファーとしての今後の抱負とか目標は。
加:やっぱり集中力だね。集中力が大事。集中力を絶やさないこと。 ギャファーは、ほぼほぼアスリートなんで、ずっと最初から最後まで集中してるはずなんだけど、必ずテンションの高い時と低い時があって、そのちょっとした隙をついてくるんですよ、ガラスってのは。だからちょっとなんか1つ抜けたとか、完全なリズムから少しずれたとか、その時を狙ってパシンと割れてくる。あれ、今まで割れてなかったのにっていうものが生まれて、よく考えてみると、手前で1回フラッシュ(焼き直し)してないとか、向こうが来るのが遅れてちょっと待ちすぎたなとか、そのほんのちょっとを狙ってくるので。 そこを気づけないのは多分集中力だから。 
辻:ああ、なるほどね。いや、身に染みますね。ギャファーさんにお願いするのは特別なもので、サイズが大きかったり、形が難しかったり、ちょっと変なものだったり。それを作る時の集中力は、半端じゃないよね。失敗できないんだから。その集中力の途切れとか、アスリートっていうのはぴったりの言葉ですね。 
加:だからね、どっかで向き合わないといけないところもあると思います。 集中力が切れた時の逃げ方というか、収め方というか。失敗した時、 ただ同じことをしてたら絶対また割れるので手を変える、もしくは自分の体調に合わせて手を変える。 自分が集中力がないなら、他の人(アシスタント)にちょっと焼いてきてもらったりとか、そういうのを(失敗する)手前でやらないと。 
辻:私は日本では加倉井さんしか知らないんだけど、これから職業としてのギャファーを目指す若者は出てきますかね。


加:出てきてほしいですね。出てほしい。じゃないと俺いくつになってもこれやるのかってことになる(笑)。多分、みんなうまくなりたいっていう気持ちはあると思うんですよ。 ガラスを習い始めた時みたいな。その技術への渇望をどこかで失わないというか、妥協しないというか。それで自分の作品を作りたいっていうのが作家であるのであれば、ギャファーっていうのはそれ以上だと思うんですよ。自分の作品では使わない技術も手元に置いておかなきゃいけないわけだから。
辻:私もそう思った。 作家なんてシンプルなもんですよ。ギャファーに比べれば。
加:人ができないものを自分ができるのであれば、その技術が人のためになるのであればっていうところを純粋にいつまでも追い続ける。それを肯定してもらえる職業がギャファーなんだと思いますね。
辻:なるほどね。 
加:人のもの作ってる時って正直、楽しいんですよ。自分の作品作ってる時より楽しいかもしれない。 その人たちと何かを共有できるので。 当然だけどギャファーは1人じゃ成立しないでしょ。考える人がいて、手伝う人がいて、1つのチームになって、「いいのできたね」っていうところの達成感は、他にはなかなかないですね。 
辻:ズーマは1999年にできて、これで26年になるんだけど、加倉井さん抜きではここまで続けてこれなかった。 本当にそう思う。これからもちゃんとしたもの食べて体だけは気をつけて。まだまだ一緒に作りたいものがあります。 
加:はい、ありがとうございます。頑張ります


<略歴>
加倉井秀昭(かくらい・ひであき)1970年、東京生まれ。1998年、東京ガラス工芸研究所卒業。金津創作の森エズラグラススタジオ勤務の後、ギャファーとしてfactory zoomer、スタジオリライトなど国内外のガラス工房で活動。現在は木越あい、元木庸子、渡辺ゆう子、辻和美の専属ギャファーを務める。教育関連では倉敷芸術科学大学、日本装飾美術学校を経て、女子美術大学非常勤講師。2012年、長野県富士見町に工房「Scratch&Noise」設立。作家としては、カラフルなレース模様のゴブレットや、細かい格子の中に気泡を閉じ込めたボウルなど、ベネチアングラスの技法を駆使した繊細な作品のほか、動物の精緻なオブジェ、照明器具なども手掛ける。



<編集後記>
ズーマの透明な大型ピッチャーも胴がくびれたペットボトル形の瓶もギャファー加倉井の確かな腕前があってこそ。愛用の道具と共にオープンカーやバイクでやって来て、数日間で仕上げては帰っていく。現代の渡世人のようなスーパー助っ人の仕事はいつも鮮やかです。(鈴木)




85th exhibition

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2025.07.04 fri. — 08.17 sun.
●8/02(sat.) 3(sun.) 辻和美「わたしの中国茶」出版記念喫茶(御菓子丸+factory zoomer)※予約制

photo by suzuki shizuka


   

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