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対談:lifeを探して⑮中西なちお「植物、本当に好きな絵を描く」

対談「lifeを探して」の15回目の相手は、旅するレストラン「トラネコボンボン」を営む一方、猫を中心とした動物の絵やイラストで知られる中西なちおさん。料理人と絵描き、2つの顔はどんな関係にあるのか。多才な作り手の胸の内を探ろうと、友人でもある辻和美が高知市の自宅・アトリエを訪ねました。
(対談は2025年12月末に行った。構成・写真 鈴木弘)


辻:いろんな人に聞かれると思うんですけど、料理を作ることと絵を描くこと、この2つの仕事の棲み分けについて、なっちゃんはどんなふうに考えてるの?
中西:棲み分けみたいなことはしてないんです。料理と絵って全然違うもので。料理は素材があるから、それを組み合わせて並べるものに近いんですよ。インスタレーションに近いっていうか。絵は自分の中にしかないもので、自分の中から出てくるものだから、この2つのものってやっぱり全然違いますね。例えば、卵焼きを作ろうと思って材料を集めて料理するとちゃんと卵焼きに着地できるんですけど、絵はすごく曖昧なもので原型もないので、こういうのを作ろうと思って描き始めますけど、描き終えたら違うものになることが多いですね。 自分では想像できないものになる。 こう描こうと思って描いても、意外とそういうふうには全然ならないです。
辻:イラストレーターの仕事もしてますよね。
中西:そうですね。 雑貨になったりもしてますから。でも絵が描けたら何でも楽しいので、そこには境界線がないっていうか。だいたい絵描きの仕事もイラストレーターの仕事も、みんな丸投げでオーダーがないんですよ。「好きなものを描いてください」って言われる。だから自分の中でテーマを決めて、今年はこんな絵を描いてますって出して、その中から選んでもらう形なので、好きなようにやらせてもらってます。私から出てくるものをみんながうまく使ってくれてる感じ。イラストレーターになるにはオーダーに対応しなきゃいけないけど、それもできないし。かといって絵描きほど技術があるわけでもないし。


辻:すごい独特の立ち位置だと思うんだよね。なっちゃんって。
中西:だからデザイナーさんとかプロのお仕事されてる人から見たら、よくこれで仕事成り立ってるよねっていう、いい意味でも悪い意味でもね。本当にこれで仕事できてるのは私も奇跡的だなと思うし。
辻:唯一無二っていうか、他に探し出すことができない。比べる人がいないんですよ。 結構みんな既成の枠の中でやってて、陶芸家なら陶芸家、ガラス作家ならガラス作家って分かりやすいところで仕事してる人が多い。だけどなっちゃんは何でもできる万能なイメージがある。元々持ってるセンスがすごくいいんだと思う。お料理やらせても、絵を描いても、イラストでも、掃除にしてもセンスがいい。
中西:棲み分けはないって言いましたけど、仕事として自信があるのは料理の方です。料理に対しては自分に信頼があります。自分の力量は40人ぐらいだったら丸投げされても大丈夫。この料理とこの料理とこの料理を作るって、自分の着地点がはっきり見えて不安なくできます。
辻:なるほど。
中西:絵に関しては5枚の絵が必要だとしても大体20カットぐらい送るから。100カット、200カット描いて、その中から選んでもらうようにしてます。誰かが欲しがる自分の絵が見えないから、多めに出すんです。絵は料理よりもっと曖昧なものなので。
辻:私が最初に会ったのは料理人としての なっちゃんでした。高知出身の松村ひろ子さん(故人)がパリで集めた古道具を紹介する「ボンコアン」の展覧会を金沢のズーマショップで開いた時、古いお皿に食べ物を盛ってみようという話になって。展覧会でお料理のイベントを企画したのはあれが初めてだった。もう10年以上も前のことか。


中西:2008年でした。
辻:わっもうそんなに、出会って17年か・・・。あの時は、松村さんが集めた古い道具に、土っぽい感じの料理を作ってくれっていうオーダーをしました。
中西:季節が秋で青々としたものがなくなってきた頃だったからモノクロでしたよね。色はベージュから茶色。クリとかイモとか使って。
辻:アースカラーの料理が古道具にすごく似合ってた。カレー系がベースだった。
中西:最後に出てきたスパイスの効いたリンゴのサモサが美味しかったって言われた記憶がある。私はよく覚えてないんだけど。黒米とカシューナッツのカレー、里芋の丸いコロッケも作ったかな。
辻:みんな大好物、美味しかったー。料理と一緒に器の使い方を見せる展示の仕方をお2人に教えてもらいました。あれからうちは料理会が増えました。他のイベントでもなっちゃんに料理を作ってもらって、ズーマのガラスに盛ったりすることが多くなって。器を紹介するのに、料理は欠かせないと思わせてくれるようになりました。
中西:いろんな所にご一緒しましたね。
辻:その後、2011年3月11日に東日本大震災が起きて、「記憶のモンプチ」につながっていくんですよ。あれはどういう経緯で始まったのか教えてください。
中西:友人が震災の被災地に行ってて、私が何か救援物資を送ろうか聞いたら、「みんなすごく不安だから心の休日になるように毎日1枚動物の絵をブログにアップしてほしい」って言われたんです。それで自分のホームページを作って、3月27日から動物の絵をアップし始めたのがきっかけです。ホームページなんてやってなかったから友達に作ってもらったりして準備に2週間ぐらいかかりました。
辻:1日1枚必ず? それってすごい。今でも続けてるんですか。
中西:はい。旅行中なんかは後日まとめてアップしたりしますけど。
辻:「記憶のモンプチ」というタイトルの意味は?
中西:以前飼っていたネコがモンプチしか食べなかったんです。もらったネコだったんですけど、多分前のお家で食べてたキャットフードがモンプチだったんでしょう。「モンプチ美味しかったなー」って、その子は覚えていた。
辻:「モンプチの記憶」ね。
中西:主人公はそのネコで、それを取り巻く世界だから動物しか出てこない。人間の世界と全然別世界の休み時間みたいにして作りました。そこにいけば不安なことはないし、嫌なこともない。ダラダラ、ノホホンとした感じにしたかったんです。
辻:パラレルワールドだね。


辻:本はあれが初めてだった?
中西:そうですね。2013年の出版でした。
辻:その後、絵の方の本が増えていった感じ?
中西:あの後、料理の本が3冊出て、2016、17、18年と猫365日シリーズですね。
辻:本も自分でお金を払ってでも完全に気に入った“なちおワールド”の本を作るようにシフトしていったんじゃない?
中西:実は2014年から自費出版を始めてるんですよ。一番最初は絵本ですね。ボンコアンの松村さんが亡くなって1周忌に合わせて作りました。もともと松村さんには絵本で展示会してほしいって言われてて。お元気なうちにはできなかったんですけど。その続本と15年の「CAT」で3部作を作って。15年からサイトヲヒデユキさんにデザインをお願いしてます。
中西:犬が掃除してたり、ワニが歌ってたり、カワウソがジャガイモ茹でたり。私の昔話も出てきたりするんですけど。
辻:イメージは実体験もベースにあるんだ。その後、多治見のギャラリーの百草が作品を気に入って、本にもなったんだよね。
中西:初めは展示会をしたいってオファーがあったんですけど、ギャラリーで展示するような内容じゃないし、レシートの裏とかボロボロの紙とかに描いてたし。毎日描くこと自体が大変だったから、まあ何とか描いてるんですよ。
辻:うん、うん。
中西:あの地震の時、東京や東北に住んでた人たちは、家族とどこでどう生きていくべきか大変で、料理人として無農薬とか国産とか使っていた私もその根底が覆されて、これからどうやっていくのか考えさせられた時期でした。そういう意味で思い入れのある作品を誰かの目に晒すのは耐え難かったんです。だから1年、1年半ぐらい経って、これまでの分を展示したいって言われた時に再三お断りしたんです。
辻:でもギャラリー側も多くの人に見せたいっていう気持ちが強かったんだ。
中西:作品を売る気はない、売れなくていい、って言うんだけど、それじゃあギャラリーは商売が成り立たないでしょ。そのうち断りきれなくなって展示会をすることになりました。
辻:それで図録というか限定版の本を作ることになったんだ。
中西:いろんな人の休み時間みたいな、誰かが休息できたらいいな、と思って描いてきたものだから、そうなるなら誰かが手に入れてくれてもいいじゃない、と思うようになって、展示会で全部売ることに決めたんですよ。 葛藤がありましたけど。 
辻:私も会場に行って、うわー売るんだと思って、ちょっとびっくりした。
中西:あの時はすごいしんどかったですね。
辻:本は何冊作ったの?
中西:2000作りました。
辻:すごいなあ。あのざっくりした感じが良かったですね。なんかバーッと見れる感じで。
中西:ダンボールの表紙で、背表紙がテープでね。私が駄紙って呼んでる、もう要らなくなった紙に描いてるのを、デザイナーの山口美登利さんが見て、ちょっとクレープになってる藁半紙っぽい紙に印刷することになって。 
辻:よかったですよ、あの本。
中西:クレープになってる分、カサが出て、大きな本になってしまいましたけど。
辻:多分あの本からまたファンが増えた気がする。 私もその1人で、なっちゃんが絵を生み出す人だっていうのを深く知った。 爆買いしたもん。 ギャラリストとしてこの人の作品は押さえておかなきゃと思った。
中西:和美さんが一番買ったはずです。25点だったかな。どんどん買おうとするから途中で止めましたよね。


辻:本という形の表現の仕方でなっちゃんの絵が変化してきたように思うんだけど。
中西:本に対する憧れは小さい頃からありました。本がすごく好きだったので、小さな1冊だけの本、なんちゃって絵本を自分で作ってました。それを見た松村さんがちゃんとした絵本を作ってほしいって。
辻:自費出版のメリットは?
中西:出版社を通すとどうしても制約があるでしょ。自分の本が本当に作りたかったら自分で出してもいい時代だなって。自分がちゃんと宣伝したら好きな人には届けられる。少なくとも私のカテゴリーは自由な気持ちで作った方がいい。なのでまあ自費出版でちょっとずつ作った方がいいんじゃないかなと今でも思ってます。
辻:今回、ズーマで発表する絵は植物がテーマ。植物は2024年の名古屋に続いて2度目だけど、これまでの動物の絵とは画風がガラっと変わった。どんな心境の変化があったの?
中西:絵は好きだけど、上手なわけではないので、自分の絵に対するコンプレックスもあるんですよ。記憶のモンプチを売る時にも葛藤があったし。絵で自分の本当の世界を外側に出すことに対して気恥ずかしさがずーっとあって。自分の好きなものを公開するのは抵抗があって、その中でも記憶のモンプチはふざけた絵だけ。本当の自分が本当に静かに描く絵って全然違うから。でも自分が本当に好きなのは植物の絵だし、本作りを重ねていくなら植物の本も1冊作りたいなと思って。


辻:なっちゃんは、あまりオープンに自分のことを語ってくれないから、植物好きは知っていたけど、絵になっていくとは・・・。
中西:トラネコボンボンを始めた時も、いろんな仕事を請け負ってやってきたけど、本当に好きじゃない仕事はやめてもいいのかな、って思う時期があって。だったら絵も自分の好きなことでやってもいいんじゃない、って思えるようになりました。その辺の踏ん切りがずっとつかなかったんでしょうね。
辻:ノーと言える大人になってきた。(笑)
中西:どこで自分を肯定していくかに時間がかかったんでしょうね。記憶のモンプチで鍛えらえて、「ここまでの絵しか描けないけど別にいいじゃない、上手じゃなくても」っていうふうに自分の中で踏ん切りがつくまで本当に長くかかった。
辻:自分の中で、うまくなきゃいけないっていう、なんか変な縛りあるよね。自己肯定感が低いっていうか、お互いにね。
中西:私の絵が好きって言って買う人がいれば、「これを売るんだ!」って感じで唖然とする人も見てきたし、客観的にも主観的にも鍛えられたっていうかね。 それでやっと植物の絵でもいいじゃないって。 別に何か人のために描いてるわけじゃないから、ご飯と違って。歳とともにそう思えるようにやっとなった。
辻:今回の絵を描く上で大事にしてることは何?
中西:そのもの自体に「好き」「きれい」という気持ちのまま描きたい。それが持続しないと途中でやめたりします。料理も例えば千切りとかする時、楽しいことだけ考えてます。嫌なことは考えない。絵もしんどい気持ちがどこかに残るのは嫌だから、そういうのは絶対入らないように気を付けてます。
辻:大事なことだよね。見習いたい。「バカヤロー」って思ってガラス吹かないようにしようと。(笑) あとね、なっちゃんは本を出して、その原画で展覧会をするってパターン多いよね。
中西:本当に本作りが好きですから。 本はやっぱり私の中の夢と憧れが詰まってて。絵はやっぱり描いてなくなるから、本にして留めておきたいっていう気持ちがありますね。全部なくなりますからね。
辻:本にした途端に原画売っちゃうよね。
中西:でも本で残るから。
辻:その潔さもびっくりする。
中西:自分が一番やりたいことは絵を描いたり本を作ったりすることで、何かを残すことじゃないから。大切なのは制作し続けられる環境をどう整えるかっていうこと。
辻:プロセスなんだね、大事なのは。
中西:でも本が誰かに伝わって、私はいろんな人から喜ばれたことを糧に次に進んでいける。


辻:なっちゃんは絵を見せる空間づくりも上手だよね。お料理のケータリングとリンクしてるのかな。
中西:展示会って、その会場に踏み入れた時にある扉をくぐって、ひとつの世界の中に入り込んでもらうっていう。本ってどんな環境でも、本を開いたらそのお話の中に入っていくでしょ。なので本と一緒に展示するのって、この本の中の世界に来て楽しんでもらいたいっていう感じですかね。 時々私の絵ってキャプションがすごく長かったりするでしょ。題名が短い文章になってたり。
辻:確かにモンプチのキャプションは長かった。あれは作品に入り込むためのヒントとかきっかけになりますよね。ストーリー性があって。知らない植物でも、書いてある言葉によって何か世界がパッと広がったりする。
中西:今作ってる植物の本は絵を載せるだけじゃなくて植物の話も書こうと思ってるんです。植物にはそれぞれ小さなお話がいくつもあって、それが私には面白い。前は文章を書くのがすごく苦手だったんですけど、やっぱり文章にしないと伝わらないこともあるので。
辻:あー、いいですね。少しエッセイがあると読み物としても楽しくなるし。金沢で見せてくれる植物の絵は何点ぐらいになりそう?
中西:原画は100点を目指してます。そのうち10点ぐらい額装しましょうか。あとは壁にクリップで吊るしたり、テーブルに置いたり。展示会でよくするんですけど絵を描く道具を置いたりして会場の一角に仕事部屋の風景を再現したいですね。
辻:すごい楽しみです。それで最後の質問。ズーマの新しいお店は「ライフ」と名付けたんだけど、なっちゃんはライフという言葉から何を思い浮かべますか?
中西:直訳したら「生きていく」、って感じですかね。生きていくことは私にとってすごく過酷なことなので。だけど美しい瞬間がものすごくたくさんある。かけがえのない瞬間がずっと重なっていきますよね。ライフってそんなイメージです。



<略歴>
中西なちお(なかにし・なちお) 料理人。絵描き。1973年生まれ。2007年からトラネコボンボンを主宰。様々な国を訪れた経験を活かし、穀物と野菜、魚介を中心に、季節や場所、テーマに合わせた料理を提案する。東日本大震災の後、動物の絵を毎日描き、ブログ「記憶のモンプチ」で発信中。主な著書に「トラネコボンボンのおもてなし」「世界一周猫の旅」「猫ごよみ365日」、作品集「BIRD」など。


<編集後記>
さりげないように見せながら実は手が込んでいてよく計算されている。この人が触ると世界がその色に染まるようだと常々思っていましたが、絵も料理も穢れが入り込まないよう気を配っているという話を聞いて、魔法の手の秘密に触れた気がしました。(鈴)




89th exhibition

nakanishi nachio

2026.02.20 fri. — 03.15 sun.
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