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対談:lifeを探して⑮中西なちお「植物、本当に好きな絵を描く」

2026.02.8 interview

対談「lifeを探して」の15回目の相手は、旅するレストラン「トラネコボンボン」を営む一方、猫を中心とした動物の絵やイラストで知られる中西なちおさん。料理人と絵描き、2つの顔はどんな関係にあるのか。多才な作り手の胸の内を探ろうと、友人でもある辻和美が高知市の自宅・アトリエを訪ねました。
(対談は2025年12月末に行った。構成・写真 鈴木弘)


辻:いろんな人に聞かれると思うんですけど、料理を作ることと絵を描くこと、この2つの仕事の棲み分けについて、なっちゃんはどんなふうに考えてるの?
中西:棲み分けみたいなことはしてないんです。料理と絵って全然違うもので。料理は素材があるから、それを組み合わせて並べるものに近いんですよ。インスタレーションに近いっていうか。絵は自分の中にしかないもので、自分の中から出てくるものだから、この2つのものってやっぱり全然違いますね。例えば、卵焼きを作ろうと思って材料を集めて料理するとちゃんと卵焼きに着地できるんですけど、絵はすごく曖昧なもので原型もないので、こういうのを作ろうと思って描き始めますけど、描き終えたら違うものになることが多いですね。 自分では想像できないものになる。 こう描こうと思って描いても、意外とそういうふうには全然ならないです。
辻:イラストレーターの仕事もしてますよね。
中西:そうですね。 雑貨になったりもしてますから。でも絵が描けたら何でも楽しいので、そこには境界線がないっていうか。だいたい絵描きの仕事もイラストレーターの仕事も、みんな丸投げでオーダーがないんですよ。「好きなものを描いてください」って言われる。だから自分の中でテーマを決めて、今年はこんな絵を描いてますって出して、その中から選んでもらう形なので、好きなようにやらせてもらってます。私から出てくるものをみんながうまく使ってくれてる感じ。イラストレーターになるにはオーダーに対応しなきゃいけないけど、それもできないし。かといって絵描きほど技術があるわけでもないし。


辻:すごい独特の立ち位置だと思うんだよね。なっちゃんって。
中西:だからデザイナーさんとかプロのお仕事されてる人から見たら、よくこれで仕事成り立ってるよねっていう、いい意味でも悪い意味でもね。本当にこれで仕事できてるのは私も奇跡的だなと思うし。
辻:唯一無二っていうか、他に探し出すことができない。比べる人がいないんですよ。 結構みんな既成の枠の中でやってて、陶芸家なら陶芸家、ガラス作家ならガラス作家って分かりやすいところで仕事してる人が多い。だけどなっちゃんは何でもできる万能なイメージがある。元々持ってるセンスがすごくいいんだと思う。お料理やらせても、絵を描いても、イラストでも、掃除にしてもセンスがいい。
中西:棲み分けはないって言いましたけど、仕事として自信があるのは料理の方です。料理に対しては自分に信頼があります。自分の力量は40人ぐらいだったら丸投げされても大丈夫。この料理とこの料理とこの料理を作るって、自分の着地点がはっきり見えて不安なくできます。
辻:なるほど。
中西:絵に関しては5枚の絵が必要だとしても大体20カットぐらい送るから。100カット、200カット描いて、その中から選んでもらうようにしてます。誰かが欲しがる自分の絵が見えないから、多めに出すんです。絵は料理よりもっと曖昧なものなので。
辻:私が最初に会ったのは料理人としての なっちゃんでした。高知出身の松村ひろ子さん(故人)がパリで集めた古道具を紹介する「ボンコアン」の展覧会を金沢のズーマショップで開いた時、古いお皿に食べ物を盛ってみようという話になって。展覧会でお料理のイベントを企画したのはあれが初めてだった。もう10年以上も前のことか。


中西:2008年でした。
辻:わっもうそんなに、出会って17年か・・・。あの時は、松村さんが集めた古い道具に、土っぽい感じの料理を作ってくれっていうオーダーをしました。
中西:季節が秋で青々としたものがなくなってきた頃だったからモノクロでしたよね。色はベージュから茶色。クリとかイモとか使って。
辻:アースカラーの料理が古道具にすごく似合ってた。カレー系がベースだった。
中西:最後に出てきたスパイスの効いたリンゴのサモサが美味しかったって言われた記憶がある。私はよく覚えてないんだけど。黒米とカシューナッツのカレー、里芋の丸いコロッケも作ったかな。
辻:みんな大好物、美味しかったー。料理と一緒に器の使い方を見せる展示の仕方をお2人に教えてもらいました。あれからうちは料理会が増えました。他のイベントでもなっちゃんに料理を作ってもらって、ズーマのガラスに盛ったりすることが多くなって。器を紹介するのに、料理は欠かせないと思わせてくれるようになりました。
中西:いろんな所にご一緒しましたね。
辻:その後、2011年3月11日に東日本大震災が起きて、「記憶のモンプチ」につながっていくんですよ。あれはどういう経緯で始まったのか教えてください。
中西:友人が震災の被災地に行ってて、私が何か救援物資を送ろうか聞いたら、「みんなすごく不安だから心の休日になるように毎日1枚動物の絵をブログにアップしてほしい」って言われたんです。それで自分のホームページを作って、3月27日から動物の絵をアップし始めたのがきっかけです。ホームページなんてやってなかったから友達に作ってもらったりして準備に2週間ぐらいかかりました。
辻:1日1枚必ず? それってすごい。今でも続けてるんですか。
中西:はい。旅行中なんかは後日まとめてアップしたりしますけど。
辻:「記憶のモンプチ」というタイトルの意味は?
中西:以前飼っていたネコがモンプチしか食べなかったんです。もらったネコだったんですけど、多分前のお家で食べてたキャットフードがモンプチだったんでしょう。「モンプチ美味しかったなー」って、その子は覚えていた。
辻:「モンプチの記憶」ね。
中西:主人公はそのネコで、それを取り巻く世界だから動物しか出てこない。人間の世界と全然別世界の休み時間みたいにして作りました。そこにいけば不安なことはないし、嫌なこともない。ダラダラ、ノホホンとした感じにしたかったんです。
辻:パラレルワールドだね。


辻:本はあれが初めてだった?
中西:そうですね。2013年の出版でした。
辻:その後、絵の方の本が増えていった感じ?
中西:あの後、料理の本が3冊出て、2016、17、18年と猫365日シリーズですね。
辻:本も自分でお金を払ってでも完全に気に入った“なちおワールド”の本を作るようにシフトしていったんじゃない?
中西:実は2014年から自費出版を始めてるんですよ。一番最初は絵本ですね。ボンコアンの松村さんが亡くなって1周忌に合わせて作りました。もともと松村さんには絵本で展示会してほしいって言われてて。お元気なうちにはできなかったんですけど。その続本と15年の「CAT」で3部作を作って。15年からサイトヲヒデユキさんにデザインをお願いしてます。
中西:犬が掃除してたり、ワニが歌ってたり、カワウソがジャガイモ茹でたり。私の昔話も出てきたりするんですけど。
辻:イメージは実体験もベースにあるんだ。その後、多治見のギャラリーの百草が作品を気に入って、本にもなったんだよね。
中西:初めは展示会をしたいってオファーがあったんですけど、ギャラリーで展示するような内容じゃないし、レシートの裏とかボロボロの紙とかに描いてたし。毎日描くこと自体が大変だったから、まあ何とか描いてるんですよ。
辻:うん、うん。
中西:あの地震の時、東京や東北に住んでた人たちは、家族とどこでどう生きていくべきか大変で、料理人として無農薬とか国産とか使っていた私もその根底が覆されて、これからどうやっていくのか考えさせられた時期でした。そういう意味で思い入れのある作品を誰かの目に晒すのは耐え難かったんです。だから1年、1年半ぐらい経って、これまでの分を展示したいって言われた時に再三お断りしたんです。
辻:でもギャラリー側も多くの人に見せたいっていう気持ちが強かったんだ。
中西:作品を売る気はない、売れなくていい、って言うんだけど、それじゃあギャラリーは商売が成り立たないでしょ。そのうち断りきれなくなって展示会をすることになりました。
辻:それで図録というか限定版の本を作ることになったんだ。
中西:いろんな人の休み時間みたいな、誰かが休息できたらいいな、と思って描いてきたものだから、そうなるなら誰かが手に入れてくれてもいいじゃない、と思うようになって、展示会で全部売ることに決めたんですよ。 葛藤がありましたけど。 
辻:私も会場に行って、うわー売るんだと思って、ちょっとびっくりした。
中西:あの時はすごいしんどかったですね。
辻:本は何冊作ったの?
中西:2000作りました。
辻:すごいなあ。あのざっくりした感じが良かったですね。なんかバーッと見れる感じで。
中西:ダンボールの表紙で、背表紙がテープでね。私が駄紙って呼んでる、もう要らなくなった紙に描いてるのを、デザイナーの山口美登利さんが見て、ちょっとクレープになってる藁半紙っぽい紙に印刷することになって。 
辻:よかったですよ、あの本。
中西:クレープになってる分、カサが出て、大きな本になってしまいましたけど。
辻:多分あの本からまたファンが増えた気がする。 私もその1人で、なっちゃんが絵を生み出す人だっていうのを深く知った。 爆買いしたもん。 ギャラリストとしてこの人の作品は押さえておかなきゃと思った。
中西:和美さんが一番買ったはずです。25点だったかな。どんどん買おうとするから途中で止めましたよね。


辻:本という形の表現の仕方でなっちゃんの絵が変化してきたように思うんだけど。
中西:本に対する憧れは小さい頃からありました。本がすごく好きだったので、小さな1冊だけの本、なんちゃって絵本を自分で作ってました。それを見た松村さんがちゃんとした絵本を作ってほしいって。
辻:自費出版のメリットは?
中西:出版社を通すとどうしても制約があるでしょ。自分の本が本当に作りたかったら自分で出してもいい時代だなって。自分がちゃんと宣伝したら好きな人には届けられる。少なくとも私のカテゴリーは自由な気持ちで作った方がいい。なのでまあ自費出版でちょっとずつ作った方がいいんじゃないかなと今でも思ってます。
辻:今回、ズーマで発表する絵は植物がテーマ。植物は2024年の名古屋に続いて2度目だけど、これまでの動物の絵とは画風がガラっと変わった。どんな心境の変化があったの?
中西:絵は好きだけど、上手なわけではないので、自分の絵に対するコンプレックスもあるんですよ。記憶のモンプチを売る時にも葛藤があったし。絵で自分の本当の世界を外側に出すことに対して気恥ずかしさがずーっとあって。自分の好きなものを公開するのは抵抗があって、その中でも記憶のモンプチはふざけた絵だけ。本当の自分が本当に静かに描く絵って全然違うから。でも自分が本当に好きなのは植物の絵だし、本作りを重ねていくなら植物の本も1冊作りたいなと思って。


辻:なっちゃんは、あまりオープンに自分のことを語ってくれないから、植物好きは知っていたけど、絵になっていくとは・・・。
中西:トラネコボンボンを始めた時も、いろんな仕事を請け負ってやってきたけど、本当に好きじゃない仕事はやめてもいいのかな、って思う時期があって。だったら絵も自分の好きなことでやってもいいんじゃない、って思えるようになりました。その辺の踏ん切りがずっとつかなかったんでしょうね。
辻:ノーと言える大人になってきた。(笑)
中西:どこで自分を肯定していくかに時間がかかったんでしょうね。記憶のモンプチで鍛えらえて、「ここまでの絵しか描けないけど別にいいじゃない、上手じゃなくても」っていうふうに自分の中で踏ん切りがつくまで本当に長くかかった。
辻:自分の中で、うまくなきゃいけないっていう、なんか変な縛りあるよね。自己肯定感が低いっていうか、お互いにね。
中西:私の絵が好きって言って買う人がいれば、「これを売るんだ!」って感じで唖然とする人も見てきたし、客観的にも主観的にも鍛えられたっていうかね。 それでやっと植物の絵でもいいじゃないって。 別に何か人のために描いてるわけじゃないから、ご飯と違って。歳とともにそう思えるようにやっとなった。
辻:今回の絵を描く上で大事にしてることは何?
中西:そのもの自体に「好き」「きれい」という気持ちのまま描きたい。それが持続しないと途中でやめたりします。料理も例えば千切りとかする時、楽しいことだけ考えてます。嫌なことは考えない。絵もしんどい気持ちがどこかに残るのは嫌だから、そういうのは絶対入らないように気を付けてます。
辻:大事なことだよね。見習いたい。「バカヤロー」って思ってガラス吹かないようにしようと。(笑) あとね、なっちゃんは本を出して、その原画で展覧会をするってパターン多いよね。
中西:本当に本作りが好きですから。 本はやっぱり私の中の夢と憧れが詰まってて。絵はやっぱり描いてなくなるから、本にして留めておきたいっていう気持ちがありますね。全部なくなりますからね。
辻:本にした途端に原画売っちゃうよね。
中西:でも本で残るから。
辻:その潔さもびっくりする。
中西:自分が一番やりたいことは絵を描いたり本を作ったりすることで、何かを残すことじゃないから。大切なのは制作し続けられる環境をどう整えるかっていうこと。
辻:プロセスなんだね、大事なのは。
中西:でも本が誰かに伝わって、私はいろんな人から喜ばれたことを糧に次に進んでいける。


辻:なっちゃんは絵を見せる空間づくりも上手だよね。お料理のケータリングとリンクしてるのかな。
中西:展示会って、その会場に踏み入れた時にある扉をくぐって、ひとつの世界の中に入り込んでもらうっていう。本ってどんな環境でも、本を開いたらそのお話の中に入っていくでしょ。なので本と一緒に展示するのって、この本の中の世界に来て楽しんでもらいたいっていう感じですかね。 時々私の絵ってキャプションがすごく長かったりするでしょ。題名が短い文章になってたり。
辻:確かにモンプチのキャプションは長かった。あれは作品に入り込むためのヒントとかきっかけになりますよね。ストーリー性があって。知らない植物でも、書いてある言葉によって何か世界がパッと広がったりする。
中西:今作ってる植物の本は絵を載せるだけじゃなくて植物の話も書こうと思ってるんです。植物にはそれぞれ小さなお話がいくつもあって、それが私には面白い。前は文章を書くのがすごく苦手だったんですけど、やっぱり文章にしないと伝わらないこともあるので。
辻:あー、いいですね。少しエッセイがあると読み物としても楽しくなるし。金沢で見せてくれる植物の絵は何点ぐらいになりそう?
中西:原画は100点を目指してます。そのうち10点ぐらい額装しましょうか。あとは壁にクリップで吊るしたり、テーブルに置いたり。展示会でよくするんですけど絵を描く道具を置いたりして会場の一角に仕事部屋の風景を再現したいですね。
辻:すごい楽しみです。それで最後の質問。ズーマの新しいお店は「ライフ」と名付けたんだけど、なっちゃんはライフという言葉から何を思い浮かべますか?
中西:直訳したら「生きていく」、って感じですかね。生きていくことは私にとってすごく過酷なことなので。だけど美しい瞬間がものすごくたくさんある。かけがえのない瞬間がずっと重なっていきますよね。ライフってそんなイメージです。



<略歴>
中西なちお(なかにし・なちお) 料理人。絵描き。1973年生まれ。2007年からトラネコボンボンを主宰。様々な国を訪れた経験を活かし、穀物と野菜、魚介を中心に、季節や場所、テーマに合わせた料理を提案する。東日本大震災の後、動物の絵を毎日描き、ブログ「記憶のモンプチ」で発信中。主な著書に「トラネコボンボンのおもてなし」「世界一周猫の旅」「猫ごよみ365日」、作品集「BIRD」など。


<編集後記>
さりげないように見せながら実は手が込んでいてよく計算されている。この人が触ると世界がその色に染まるようだと常々思っていましたが、絵も料理も穢れが入り込まないよう気を配っているという話を聞いて、魔法の手の秘密に触れた気がしました。(鈴)




89th exhibition

nakanishi nachio

2026.02.20 fri. — 03.15 sun.
●2/20(fri.) 21(sat.)  mietteのケーキセット(要予約)
 詳細はこちらをご確認ください→

mietteケーキセットのお知らせ

2026.02.6 event

2月20日(金)より、factory zoomer /lifeでは、中西なちおさんの植物画をまとめた新刊「F is for Flower」の原画展を開催いたします。

展覧会の開催にあわせ、2月20日(金)・21日(土)の2日間、高知でイギリス菓子を作られているmiette(ミエット)の福川文子さんがいらっしゃり、新刊のイメージに合わせたショートケーキをご提供してくださいます。

また、展覧会に合わせたクッキーや、日頃からfactory zoomer でもご紹介させていただいている焼き菓子などのお持ち帰りのお菓子もご用意してくださいます。


<miette のショートケーキ + まるふく農園のハーブティーブーケ>
日時:2月20日(金)
   ①12:30 (満席) ②14:00(満席)  ③15:30(満席)
   2月21日(土)
   ①12:30  ②14:00(満席)  ③15:30(満席)
料金:1650円 税込(ケーキ + ハーブティー)

*ご予約優先
ご予約・お問い合わせは、factory zoomer /life (076-255-6826)までお電話にてご連絡ください
受付時間:12:00〜18:00(火曜・水曜定休)

●お願い
*現金でのお支払いにご協力お願い致します。
*お席が限られておりますので、キャンセルはご容赦ください。キャンセルの場合は代理の方のご参加をお願い致します。


みなさまからのご予約をお待ち申し上げております。

2月のお休みのお知らせ

2026.01.18 calender

factory zoomer /life 2月のお休みのお知らせです。
1月23日から開催の山本亮平展は、2月15日までの開催です。山本さんの作る白磁の端正な形に、奥様の平倉ゆきさんのあたたかい絵付けの作品たちをぜひ店頭でご覧ください。
2月20日からは旅する料理人でもある中西なちおさんの展覧会が始まります。/lifeのオーナー辻和美とは17年来の親交のある中西さん。今回は植物の絵をまとめた書籍の出版を記念した展覧会となります。初日と2日目は高知県で英国菓子を作られているmietteさんのカフェイベントもあります。カフェイベントは予約制です。詳細が決まり次第、インスタグラムやwebサイトのnewsにてお知らせいたします。
2月も皆さまのご来店を心よりお待ち申し上げております。


2月   3日(火) 定休日
     4日(水) 定休日
    10日(火) 定休日
    11日(水) 定休日
    17日(火) 定休日
    18日(水) 定休日
    19日(木) 展示替えの為お休み
    24日(火) 定休日
    25日(水) 定休日

open time 12:00ー18:00

■1/23(金)〜2/15(日)山本亮平展
■2/20(金)〜3/15(日)中西なちお展
■2/20(金)、21(土)ミエットカフェ(予約制)
■2/8(日)、22(日) 月とピエロのパンの日


カフェ営業 teeor cafeは、週末(金曜〜日曜)の営業となります。
イベント開催の際は変更になりますので事前にご確認をお願いいたします。

山本亮平展 ご来店予約について

2026.01.16 gallery blog

この度、factory zoomer /lifeでは、2026年1月23日より陶芸家 山本亮平さんの展覧会を開催いたします。磁器を土の薪窯で焼成されている山本さんの作品は、凛とした印象の中にあたたかさが感じられます。今回は中国茶のお道具類を中心に作品をご用意くださる予定です。

今展では混雑を避けるため、初日のご来店をご予約制とさせていただきます。

ご来店予約の受付をいたします。(展覧会の詳細についてはプロフィールのwebサイトより「/life」→「gallery」をご覧ください。

<募集内容>
日程:1月23日(金)、24日(土)
時間:12:00~18:00まで1時間ごとの予約制(最終の入店時間は17:00からです)

※お申し込みいただいたお客様の中から、抽選にてご予約を承ります。

<ご応募方法>
メールにて受付いたします
件名を【山本亮平展 来店予約】として、
【store@factory-zoomer.com】宛に下記の内容をお送りください。
・お客様のお名前
・お電話番号
・上記の日時の中でご都合のつかない日程・お時間(希望日時ではありませんのでご注意ください)

<受付期間と結果のお知らせ>
受付期間:1月18日(日)24時まで
結果:1月19日(月)
※必ずstore@factory-zoomer.comからのメールを受け取れるように設定お願い致します
※ご予約いただけなかったお客様への返信は致しません。申し訳ありませんがご了承ください。
※お客様からのメールの返信をもちまして、ご予約完了とさせていただきます。

<おねがい>
※必ずご来店のご本人がお申し込みください。代理の方のお申し込みの場合は当選の場合でも入店をお断りさせていただくことがございます。
※作品がたくさんのお客様の手元に届くよう、購入数の制限をさせていただきます。また、一部の作品については抽選販売を行います。
※作品の転売が確認されたお客様は、次回からの展覧会の入場が難しくなり場合があります。ご自分のためのご購入に限らせていただきます。
※展覧会場での携帯電話、カメラ、雇主との連絡は全て禁止させていただきます。見かけた場合は退出していただきますのでご了承ください。

皆様からのご応募をお待ち申し上げております。

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対談:lifeを探して⑭山本亮平「昔と今結ぶ『写し』、独自の白磁へ」

2026.01.10 interview

対談「lifeを探して」の14回目の相手は、全国有数の焼きもの産地として知られる佐賀県有田町に土窯を構え、妻の平倉ゆきさんと白磁の制作を続ける陶芸家の山本亮平さん。山本さんの作った茶道具を愛用する辻和美が、窯焚きのタイミングに合わせて仕事の現場を訪ねました。
(対談は2025年10月末に行った。構成・写真 鈴木弘)


辻:まず、山本さんのこだわりについて聞かせてください。多摩美で油絵を勉強してから、どうして陶芸なんですか? 転身の理由を知りたくて。
山本:自分は絵に向いてない、っていう自覚が大学1年の終わり頃からあって、2年の後半からは絵を描かなくなって、オブジェを作り始めて。3年からは立体もできるコースを選んでオブジェばっかり作ってました。
辻:平面からすぐ立体に移ったんですね。オブジェの素材は何だったの?
山本:今でも覚えてるのは線路の枕木。あの長くて重くて硬いやつを丸ノコとかで切り刻んで、それをまた埋め戻すみたいな。
辻:大学時代からもう、立体が始まっていたんですね。それで美大を卒業してからはどうしましたか? 純粋美術の場合、卒業してもすぐ作家になれるわけもなくて、大体みんな一回、路頭に迷うじゃないですか。
山本:迷いましたね。半年ぐらいバイトしながら何しようかなって考えてました。ちょうどその頃、自由が丘にあったワサラビっていうお店で黒田泰蔵さんの白磁を見たんです。そこで「ワーッ」となって、焼きものも面白いかも、と思いました。
辻:へー、どんな作品が並んでたんですか。
山本:花入とか普通のお碗とか。コーヒーカップもありました。それも今思えばお手頃な価格で。買っておけばよかった。それで黒田さんに弟子をとってないか聞きにいったんです。弟子の枠はいっぱいだったけど、ペンションみたいな所に一日泊めてもらって、手伝いみたいなことをさせてもらって。ろくろを間近に見たのは、実はその時が初めてでした。
辻:黒田さんがろくろ回すのを見たの?
山本:もう、すごく速かったです。サンドペーパーをかけながら。無釉のを作ってたんで、仕上げの手伝いというか体験をさせてもらいました。
辻:黒田さんが使ってたのは作品と同じ白い土ですか?
山本:真っ白です。なんであんなに白いんだろうというぐらい白い。ニュージーランドだったかな、多分。陶石じゃなかったかも。それでなんか焼きものに興味を持ったんです。近場の焼きもの産地、関東だったら笠間あたりが近いから、笠間に行って仕事ないかなと思いながらリュックを背負って街をブラブラしてたら声を掛けてくれる人がいたんです。
辻:なんと、そんなことってあるんですか?
山本:そこは山の上の一軒家で、手びねりで作ってる工房でした。「ここでよかったらやってみる?」って聞かれて、その時はとりあえず働かなきゃと思ってたから「じゃ、やります」って引っ越して、そのまま笠間に1年半です。でも半年ぐらいで正直もうダメだな、ここ違うなと。なんとなく1年半いたんだけど、ちゃんと技術を身に付けたくて勉強先を探してたら有田に窯業大学校があるのを知ったんです。
辻:またすごく遠い所に。
山本:磁器発祥の地だし。もともと白磁がしたかったから。あと弟子っていうのが自分には向いてないのが分かったし。本当に向いてない、使うのも使われるのもダメなんですよ。
辻:それでもう一度陶芸の学校に行くんですね。
山本:この学校が面白くて、1年間蓋付きの飯碗しか作らせてもらえない。
辻:作家養成ではなくて、職人仕事を教える学校なんですね。
山本:絵付けコースに半年、その後、ろくろを1年勉強しました。年が上だし美大出てて職業経験もあるからちょっとは自信があったんだけど、そこで自分が線1本すら満足に引けないことに気付かされるんです。それからは呉須で線を引く練習をひたすらしました。卒業後、有田焼の草山窯(そうざんがま)っていう所で、今はもうないんですけど、そこで下絵の絵付け工をしました。
辻:有田の焼きものは完全に分業ですか?
山本:分業です。草山窯は生地もほぼ外注でした。
辻:石川で言うと輪島塗みたいな感じですね、分業の仕組みが。
山本:3年ぐらいいましたが、給料がとにかく安いんですよ、佐賀県の最低賃金の更に下なんです、職人は。ひたすら残業しても月に11万とか。でも、どっちみち作家として独立するつもりでこっちに来た時点で工房付きの家を共同で借りて、学校行ってバイト行って自分のものを作るって感じでやってましたから。


辻:なるほどー。すごい働いてましたね。それで、いよいよ独立するわけだ。
山本:まあ3年たったから再始動と思って。でも独立したい気持ちはあるけど、どうしたらいいか分からない。そんな頃です。また東京に帰った時、ワサラビに行ったら、今度は三谷龍二さんがいたんです。こんな木工の人がいるんだ、って驚きました。黒田さんと三谷さんの2人は自分の中ではすごい重要な人物。それまでの表現を更地にしてくれたぐらいの。
辻:ここで、三谷さんと出会うんですね。キーパーソン登場。
山本:はい、その後、三谷さんが福岡で個展するっていうから見に行って「独立しようと思ってる」って相談したら、松本クラフトを教えてくれて。じゃあ出してみようと。
辻:松本クラフトでは何を出品しましたか?
山本:ろくろをひいて、石膏型に押し当てると輪花の形になるみたいな型打ちです。
辻:時代はどんなでした。クラフト全盛期?
山本:松本クラフトの雰囲気ですか。今でも頑張ってる人多いですよ。陶芸は市川(孝)さんとか出してました。市川さんのことは料理家の渡辺有子さんの本か何かで知ってたんです。そしたらその渡辺さんが、スタイリストの伊藤まさこさんと2人で来て、わーっと買ってくれて。
辻:あー、なるほど。
山本:それで次の月の「天然生活」だったかな、うちの器に料理が盛られてるのが載ってて、衝撃でした。
辻:(笑)あの頃の雑誌は勢いありましたね。雑誌が生活工芸のブームをつくったようなもんだから。
山本:自分がそういうきらびやかな世界に接続するとは思ってなかったから、びっくりしましたね。渡辺さんは工房にも雑誌の取材で来てくれました。
辻:面白いね。そうやって繋がっていくんだね。やっぱり嬉しいよね。ちゃんと見ててもらえると。
山本: 嬉しいですよ。そういうふうなところで取り上げてもらえると。
辻:じゃあ、そこからブレイクが始まるんだ。(笑)
山本:ブレイクではないんですけど、その頃からほぼ取引先がダダッと決まって、個展も決まってくるみたいな。
辻:作るものは型打ち?
山本:有田は初期から型打ちしてるんですよ。そういう土地のつながりもあったし。
辻:粘土も土地のもの?
山本:白磁の粘土を買って電気窯で焼いてました。
辻:最初は電気窯なんだ。
山本:100%取ろうと思ったんですよ。電気窯だと10個焼いたら10個取れるし、納品に間に合うし、そこそこ売れるし。
辻:でも、その後、体を壊しちゃったんですよね。確か。
山本:そうなんですよ。型打ちに嫌気がさして。自分にとって必要な形は出揃ってるのに、新作といえば何か作らなきゃみたいな。それで次に何を作ろうか考えてたら急に耳鳴りがしちゃって。
辻:そうか、耳鳴りから始まったんですね。
山本:それで型打ち時代が終わる感じです。型打ちは楽しかったし、自分に合ってたんですよ、最初は。ろくろをひくと自分が直で出るけど、型打ちするとワンクッション入る感じがあって。今でも技法としては好きなんですけどね。
辻:その型打ちは古いものの写しが多かった?
山本:写しが多いです。
辻:理由は。
山本:出だしは昔のいい形のものを自分も作りたいなと思って。それが形そのものはまだ我慢できるんだけど、絵付けの写しをしたら、2年目か3年目ぐらいかな、猛烈な違和感を感じたんです。何か違うぞ、と。
辻:今の時代、写しをやってる人多いと思うけど。大きな造形、現代彫刻的な陶芸への反発から生活を見直す感じで生活工芸が誕生して。その後に来たのが写しの時代っていう気がする。
山本:そうかもしれない。
辻:山本さんは写し、ど真ん中の世代じゃないですか?
山本:特に有田の場合、歴史的に写しの文脈みたいなのもあって、中国の写しとか。写しが繰り返されてきた中で、今何をすべきかを考えていて。型打ちでも透明釉じゃなくて白釉、デルフトみたいに錫の入った釉薬を使って、味気があるというよりは、もうちょっとフワッと軽いみたいなのが今風かなと思って。
辻:作家はオリジナリティーが大事だと思ってるから、なぜ自分が写しをやるんだろうって部分で戸惑いがありますよね。
山本:あります。すごいある。常にある。菅原道真を論じた「うつしの美学」(岩波文庫)っていう本を読んだんですけど、辞書で「写し」って引くと、見たまま写すことの他に、移動っていう意味もあるんですね。
辻:え、面白い。
山本:面白いんです。とても腑に落ちたところがあって。
辻:ただ真似るじゃないんだ。
山本:そう、だから表面だけっていうのはどうなんだろうと。その本を読んだのは割と最近なんですけど、この窯を造ったのもそもそも表面じゃなくて状況から写さないとダメだみたいな気持ちがありました。なので窯を写すことからやろうと、昔のものをすごく調べました。工芸と写しってとても重要なテーマだと思いますね。形ってね、そんなに変わりようがないんですよ。完成された形ばっかりだから、そこから無理に写しじゃなくすると変なユニークさが出ちゃう。だからこのあいだ金沢の中国茶の会で辻さんの道具を見て本当にすごいと思ったんですよ。
辻:えー、いきなり、私の道具? そうですね。私もここ数年、中国茶の道具を作っているんだけど、これまで見たことのないものを1点でも2点でも作れたらなと思ってて、あの作品(pouring)は、なんか上手くできたかな。個体差はあるけど。(笑)あと、写しだけど、昔のものは、一度評価されている形だからね。良いに決まっているよね。私はそれをガラスに替えて写したりしてる。素材違いの写し。
山本:それは移動の方の写しですね。時代も素材も移動して。
辻:「写し」の話は工芸において永遠のテーマです。山本さんともっとしたい話なんですが、今に至るまでの話も聞きたいです。


山本:そう、身体を壊して、1週間ぐらい入院して。でも結局回復しなくて片方の耳は今でもほぼ聞こえないんです。それで自分で釉薬も作るんですけど、それまで買った原料がどこから来てるか分からない。とりあえずそれを全部一から自分で把握したい、ってところからまた始まるんです。一からやり直そうと。
辻:すごいリセットですね。
山本:もう体が拒否してましたから。
辻:ものづくりって理想と現実をいかにやりくりするかですよね。経済的なことも含めて。
山本:だから急には無理だから徐々にです。もう一回磁器の始まりについて知りたいと思って今度は唐津に行くんです。磁器の始まりは唐津だから。
辻:原点回帰ですね。それでどこかの作家の所に勉強に行きましたか?
山本:梶原靖元(かじはらやすもと)さんの所に行きました。僕の新たなキーパーソンです。物を見たらもうすごい、素晴らしいんですよ。地味なんだけど、昔の焼きものの良さみたいなのがそのまま出てて、主に素材なんですけど。今の唐津と全然違って、土窯で。
辻:また弟子になりたいと思った? 弟子は嫌いだったはずだけど。
山本:(笑)通い弟子みたいな形で、週1ぐらいで手伝いに来ていいですかって。地道な作業を当たり前に積み重ねていく感じに接して、自分でも石を採ってきて土にしたり。まだ自分の窯を持ってなかったから、唐津にいる矢野直人(やのなおと)っていう友人の窯まで行って焼かせてもらって。それが5年ぐらい続いたかな。
辻:それでいよいよ2020年に自分たちの窯を作るんですね。
山本:ずっと土地は探してました。
辻:薪窯ができて、作るものに変化はあった?
山本:最初はそれこそ唐津とか初期伊万里のような言葉通りの写しみたいな作品。それまで白磁の型打ちで、ちょっとフワッとした感じだったのが、ぐい呑みを片手に語っちゃうみたいな方向に転換しました。(笑)


辻:急に渋くなったんだ。「天然生活」から「芸術新潮」に。
山本:そうそう(笑)切り替わる途中はお客さんにもちょっと申し訳なかったですね。実際、お客さんの層が変わりました。で、そうしているうちにまた違和感を感じ始めて。
辻:え、また違和感? 今度はどこに向かうの。
山本:どこに行こうか考えてた時に、台湾の謝小曼(シェシャウマン)さんに出会ったんですよ。
辻:そこから台湾、中国と繋がっていくんですね。
山本:生活器物展に誘われて。あれがすごいターニングポイントになりました。
辻:私が初めて山本さんに会ったのもあの展覧会でした。コロナの前かな? 山本さんの他に、木工の矢野(義憲)さん、金属の秋野(ちひろ)さんとか、私の知らない若い世代の作家さんたちを三谷さんが連れてきてくれたんでした。そして、そこから中国茶なんですね。
山本:お茶との出会いは大きかったですね。
辻:今の制作は茶道具の割合が多いですか?
山本:そうですね。お茶は自分でもよく飲むし。お酒はあんまり強くないから酒器は眺めて楽しむぐらいだったけど。お茶の場合は道具として使えるし、組み合わせの世界観もあって楽しいし。
辻:分かります。私も同じです。お酒が強くなくてやっと自分自身が楽しめるものに出会えましたよね。
山本:あの展示会はすごい大きかったですね。それまで煎茶とか抹茶とかもちょっとずつしてたんですけど、そのまんまでは馴染める世界じゃなかった。中国茶を踏まえると、そのうちまたできるかもしれないけど。
辻:茶道具を作る上で難しかったことは?
山本:まず道具感が強いので技術的にクリアしないといけないことが色々あって。初期の急須とかね。やりながら改善していくしかないので。今でもベストじゃないけど。


辻:中国や台湾での人気についてはどう考えます? 山本さんの作品はすぐ売れちゃうと思うけど。
山本:器って、その当時の世界状況がよく表れると思うんです。伊万里を見てると、(輸出相手の)国力であからさまに様式が変わってくるから。職人の趣味嗜好じゃなくて、もっと大きな枠組みで。後の世の人が今の時代を振り返ったら多分、中国が力を付けてるなっていうのが器から分かるんじゃないかな。
辻:そうか。経済のいい所に作品は流れていくよね。
山本:三谷さんの言葉を借りると、「世の中に応答する」ってことですよね。生活工芸が歴史に残るのは応答してるから。すごいのは自分たちでお店を作って、それまでなかった状況をつくったこと。状況づくりをしてる人は本当に尊敬します。だから辻さんのズーマとか、三谷さんの10㎝とか、安藤(雅信)さんの百草とかは本当にすごいことだと思ってます。
辻:そんな、そんな、何言ってるんですか。必要だったんですよ。そう言ってくれるのは嬉しいけど。(笑)そして、そして、山本さんが、これからやりたいことは?
山本:「写し」に関して、特に移動という考え方。ずっと移動しながらきた時に今何ができるんだろうって考えていて、具体的に何をしようとかはまだないんだけど、試行錯誤してます。
辻:写しはねー、大テーマだと思う。
山本:一大問題です。単なる写しでなく、奇抜でもないって、至難の業ですよ。オーソドックスでオリジナルって本当に難しい。それを辻さんはやっててすごいと思います。
辻:いやいや、すごくないよ。どっか隙間を探してるだけで。ちょっと突飛にしてみる、ちょっと変とか、不細工って感じ? 綺麗に収めないようにはしてるかな。
山本:あー、なるほど。確かに出だしから、ちゃんとしようと思ったら動かないですもんね。いいこと聞いた。
辻:じゃあ最後にライフという言葉について何を思い浮かべますか。
山本:うーん、家でちゃんとした生活してないからなあ。根性が足りてない。なんかフワフワ夢想するのが好きだから。ちょっとカッコつけて言うと「ロマン」? この窯を造るときも最初はもっと短かったんですよ。でもちょっとロマンが足りないなと思って、最後に2、3メートル伸ばしたんですよ、ロマン分。
辻:じゃあ山本さんのライフはロマンだ。決定。



<略歴>
山本亮平(やまもと・りょうへい) 1972年、東京生まれ。多摩美術大学絵画科卒業。佐賀県立有田窯業大学校短期終了。2006年、有田町に工房を設立。2020年から自宅近くに築いた土窯「小物成窯」で、陶芸家で妻の平倉ゆきと共に暮らしの器や中国茶の道具などを制作する。


<編集後記>
傾斜地に築かれた登り窯は、伐採した木を芯材に、掘り出した粘土質の土を躯体に活用。約10時間で焼き上がるから薪は少なくて済む。シンプルだけどシャープ過ぎず、日々の暮らしによく馴染む磁器たちは、そんな合理的で自然体な在り方から生まれているようです。(鈴)




88th exhibition

yamamoto ryohei

2026.01.23 fri. — 02.15 sun.
12:00 – 18:00

88th exhibition yamamoto ryohei

2026.01.23 fri.- 02.15 sun.
12:00→18:00

photo by suzuki shizuka




東京の美術学校で油絵を専攻した山本さんは、早々に絵に見切りをつけ、佐賀県に移り住み有田窯業大学校にて白磁を学び独立する。有田はもともと歴史的に中国の磁器の「写し」が繰り返されてきた土地だ。元々古い物や形が好きな山本さんは、型打ち技法を使ったりなど、彼なりの写しを模索していたが、どこかに違和感を感じ、写しをするなら表面的に見えている意匠ではなくて、過去の人が作ってきた状況をも写す必要があると、昔からの技法を使い土で薪窯を築いた。古いモノが持つ独特な佇まいに憧れる現代作家の私たちが、それを写すのか?写さないのか?という葛藤が彼の中にも見え隠れしていた。工芸が持つ大きなテーマである。その彼の傍でキリッとした白磁に、絵付けをする奥様の平倉ゆきさん。まあ、そんなに硬く考えなくてもと、彼女の筆先からフワーと自由な空気が流れた気がする。  店主:辻和美


●こちらのページから山本亮平さんのインタビュー記事がご覧いただけます→
●混雑が予想されますので、展覧会初日の1月23日・24日は、ご招待のお客様・事前ご予約のお客様のみのご来店とさせていただきます。ご了承ください。

対談:lifeを探して⑬キムホノ「変わり続ける奇想の陶芸」

2025.11.28 interview

対談「lifeを探して」の13回目の相手は、自由で斬新な作品を作り続ける陶芸家のキムホノさん。12月からの展覧会ではどんな独創的な世界を見せてくれるのか。作戦会議も兼ねて辻和美が愛知県瀬戸市にあるキムさんの自宅兼工房「キノハウス」を訪ねました。
(対談は2025年9月中旬に行った。構成・鈴木弘、写真・沼田万州美)


辻:いきなりですけど、展覧会どんな感じになりそうですか。ズーマでは4年ぶり5回目の個展です。前回は緑釉の織部が中心でした。キムさんって機能がどこかにあるオブジェをよく作るじゃないですか。そういうタイプの作品、とても魅力的です。今回は手のひらの中のオブジェみたいなのはどうかな?って思っているんですけど…。たくさんあるといいな。100個とか。それも全部違うのがあったら楽しいんじゃない?(笑)    
キ:全部違うのを100個? すごい大変なこと依頼しようとしているのは分かってる?
辻:えへへ。分かってないかもね。キムさんの作品で、リボン付いた箱みたいな形で、蓋物になってる作品ありましたよね。用途があるようでないようで、オブジェとしても見られて、置いたら場の空気を変えちゃうような。あれすごい好きでした。
キ:小さいのがいいの?
辻:そうね。ウチに持って帰れることは大事。見た人がキュンキュンして、選ぶのに困るみたいな。色は何色でもいいです。いつものような植物とか動物とか昆虫とか、いろんなものが付いてても面白いな。生きていることへの愛みたいなものがいつも作品から溢れてるから、あんな作品が人の暮らしのサイズで、たくさんあったら絶対いいだろうな。展覧会の時期はクリスマスにかかるしね。
キ:こうやって話してると、だんだん形が見えてくるね、不思議と。
辻:本当ですか?
キ:うん。なんか全く今までなかった形が出てきた。
辻:それは嬉しい。キムさんって、今、結構若いギャラリストがついてますよね。
キ:そう。若い人が興味持ってくれてるのが嬉しいね。僕、若い頃は60歳になったらもう仕事がないだろうなと思ってたんだよね。だって、20代から見た60歳っていったら、もうおじいさんなんだから。そんなおじいさんが作るものなんて、若い人が興味を持つはずないから展覧会の依頼もなく、なんか寂しく細々と生きていくんだろうなって思ってたんだよ。
辻:でも逆でしょ。50代、60代とどんどん忙しくなって。
キ:本当に若い時より忙しくなったから、それはなんか嬉しいよね。若い人が興味を持つっていうのは。人生捨てたもんじゃないなと思って。
辻:今、個展は年に何回ぐらいですか。
キ:年に5、6回ぐらいかな。
辻:じゃあ2ヶ月に1回のペースですね。多いな。
キ:そんな感じ。この間リストを作ったら、40年で295回だった、個展で。
辻:いつも新作を発表してますよね。それがすごいと思って。毎回違うテーマで、新しい作品がどうやって生まれてくるのか。
キ:それはね、ひょんなところから湧いてくるんだよね。不思議なんだけど。まあ常に頭はずっとぐるぐる回ってるんだよね。1つが終わると、次のことを。作ってる時っていうのは、最終的にはもうそれは終わってるんだよ。もう次を考えながら、体は動いているわけ。
辻:それは分かります。私も同じです。作り手だから。


キ:頭と体は別物だから。体っていうのは嘘をつけないから、やっぱりその時の自分が出てるんだよね。だけど頭は嘘つけるから、次のことを考えられるわけ。ある程度決まって、もう見えてきたら、次のことをずっと探るんだよ。それで探ってるから、こうやって話をしたりとか、何か目にしたりとか読んだりとかした時に、そのキーワードみたいなものがポンと入ってくるの。 その時の自分が多分気になってるものだと思うんだけど。その言葉がポンと入ってきてインプットされるから、形になっていくんだよね。
辻:日頃からずっとアンテナを立ててるんですね。
キ:うん、ずっとアンテナは出してる。もうそういう習慣になってる。何でも、モノを作ることに結びつけてるから、本当に何気ない言葉とか音楽とか、そういうのも全部パッと気になるものがインプットされると、そこからバーッと形が作られていく。
辻:そのキーワード、キービジュアルみたいなものは書き留めておくんですか。
キ:書き留めることもある。ものを作ってる人だから分かると思うんだけど、形ってその時の自分の気持ちが作るんだよ。その時の気持ちがなくなると、形って消えてくんだよね。だから、その自分の今の気持ちの形を書いておくの。
辻:その時の自分の気持ちが作るってよく分かります。
キ:それを見たときに、自分がどう思ってたかっていうのを思い出すわけ。その時は絶対忘れないと思ってるけど、違うところに意識がいくともう忘れてるわけだよね。全てにおいてその人のその時の感情っていうか、情緒が全部言葉だったり、形になってるって思うんだよね。だから、それを忘れそうだったら、スケッチを大雑把に描いて、それでまた進めていくんだけど。何かに立ち止まった時に、それを見ると、パッとまた浮かんでくるわけ。調子良く仕事が進んでるときには、そっちの方を優先するんだけど、立ち止まった時に見たりすると、その時に感じた感情が今の感情と結びついて、また新しい何かが生まれたりする。言葉でうまく説明できないけど、常にぐるぐる回っていて、何かに引っかかって、そこで立ち止まって、その自分は何に引っかかったんだろうって認識をして、それで見えてきたら、また動き出すっていう感じかな。 それがもうね、日常ずっと起きているわけ。 自分の頭の中で。
辻:そりゃ、頭も体も忙しいね。その書き留めているノートは保存してますか? 内容は秘密? 作品と一緒に展示したら面白いのにな。どんな思考から作品が生まれてくるのか知る手掛かりになるね。
キ:人に見せるもんじゃないよ。
辻:そう、じゃあ、いいけど。あとね、作品はギャラリーごとに違ったりするんですか。展覧会はどんなふうに組み立ててるんですか?
キ:僕なりにそこのギャリーのイメージをどっかで作ってるんだね。ここはこんな感じの雰囲気の所だとか、そこの匂いっていうか。それを感じて、それを前提にイメージしているから、場所によってやっぱり違うものが出てくるんだよね。
辻:そうじゃないかなと思ってました。でもそれって、すごいサービス精神じゃないですか。普通は作家の方が今の自分はこれだからこれでいきます!って感じよね。
キ:その方が楽なんだよね。もちろん自分の思いはあるけど場所のイメージが前提にあるから。それは空間だけじゃなくて、人にもあるんだね、ギャラリーの。まあ、だから勝手な僕の思いがあるわけよ。

2017年(factory zoomer /gallery)
2021年(factory zoomer /gallery)


辻:それで40年間のものづくりにおいて一貫した何か太い柱とか、テーマみたいなものはあるんですか? このへんだけは譲れないとか、ずっとこうしてきたとか。
キ:僕が若い頃から決めてたのは「同じもの、1回出した作品は出さない」っていうことかな。
辻:そこがすごい。
キ:だってもう違うテーマで作ってるから、もう違うんだよね。だから前と同じものは作れないっていうか。気持ちがもうそっちにないから。
辻:普通なら1年くらいは同じものを作りますよ、作家って。
キ:僕は飽き性だったのかな。若い頃に比べると、極端にコロコロ変わるっていうことはなくなったと思ってるけど、やっぱり自分の中で常に新鮮でありたいっていうか、分かってるやつはワクワク感がないから、どっかで新しいことを取り入れることによってワクワクするわけ。窯出しするまでどうなってるか分からないっていう、それは取り入れるようにしてる。
辻: 自分自身が楽しめないとですね。それは作品に出てきますね。
キ:そう、自分が楽しめないと、ものもつまらないんじゃないかなと思うわけ。賭けみたいな感じで、どうなるか分からない不安もいっぱいなんだけど。いい時にはいいし、もうガクッとくる時もあるけど、それはしょうがないね。人生、賭けをしてるようなもんだね。
辻:今回もやばいですね。(笑)あとね、作っていて手応えとか成功したなって感じるのはどんな時?
キ:いい仕事だったなっていうのは後からじわじわ感じるのかな。展覧会の時はもう必死だから、そんな傍観するような余裕はないっていうか。すぐに「今回は成功だ」って思うことはあんまりないかもしれない。
辻:そうやって新作を出し続けるキムさんの原動力って何ですか。
キ:僕を支えてくれる人たちがいるっていうことかな。それがやっぱり一番の原動力になるし、「ああ生きてていいんだ」と思えるわけ。その人たちのおかげで、なんとか続けてられるんじゃないかな。
辻:ジャンボリー(キム工房で開かれた蔵出しの大規模な展示即売会)があったのは5年前ですか。私たちもお邪魔させていただきましたけど、あれは面白い企画でしたね。
キ:あの時の集合写真を見るたびに、色んなお店をやってる人たちがこんなに集まることなんて今後ないだろうなと思います。
辻:何年分の作品展でしたっけ? 
キ:20代からの作品展だから35年分。
辻:展覧会から戻ってきた作品をずーっと段ボールに詰めたまま、ほっといたんですよね。それを開けてみようって言い出したのは沖縄のギャラリーさんですか。
キ:とにかくそれを見たいって。だけど自分たちだけじゃ勿体ないからってみんなに声を掛けてくれて。準備で合宿したんだけど、僕はご飯作ることしかしなかった。だって、見始めると入り込んじゃうじゃない。必要か必要じゃないかの選別ができないから仕事にならないんだよね。
辻:作り手は全てとっておきたくなるよね。それは、本当に、準備に時間がかかったでしょう。
キ:7、8人の応援団が泊まり込みで何度か来てくれた。一つ一つ段ボールから出して洗って整理して。始めてから4年ぐらいかかった。いや、本当にね、助かった。少なくなったけど、まだたくさんあるよ。(笑)
辻:当日は早いもん勝ち方式でした。私たちは工房のあちこちにある作品を漁るようにして選びました。最後にみんなが買い終わったら、キムさんからサプライズがあったんですよね。「買った金額と同じ分の作品を差し上げます」って。あれは最高だった。


辻:それで話が遡るんですけど、そもそもキムさんはどうして陶芸家になったんですか? どんな経緯で陶芸の道に進んだんですか。
キ:僕はまず、ろくろに興味を持ったの。子供の頃、たまたまテレビで、ろくろをひいてる人の映像があったんだよね。もともと作ることとか描くことが好きだったから、土の塊からいろんな形を作ってるのを見て、すごく惹かれたの。でも、ろくろっていう道具は身近にはなかった。それで、高校を卒業して、絵が好きだったから、仕事と結びつけるにはデザインだと思ったんだよね。デザイン学校行って、デザイン事務所に勤めてデザインやればいいって。それがたまたま職業訓練校っていう所が、ろくろを教えてくれるっていうのを聞いて、その職業訓練校にも行こうと思って。それで一応試験があって、受かったから、昼間は焼きものの学校行って、夜間にデザイン学校に行くっていう。それで1年行って、卒業制作の参考にしようと桃山時代の本を見てたときに織部焼と出逢い、すごく惹かれるものがあったの。何百年も前に作られたものが、今の僕が見てもすごく新鮮に感じるっていうのは何なんだろうって。その瞬間、もうデザインやめて、焼きものやろうって決めた。それでデザイン学校行かなくなって。だからその作品集で織部を見なかったら焼きものはやってなかったな。
辻:すごいパッションですね。それから陶芸の修業を始めたんですか。
キ:それで、先生に就職先を探してほしいって言って、陶器の町工場に勤めるようになって。最初は家内工業的な小さな所で下働きして、空いた時間に絵付けをさせてもらったりした。そこは2年勤めたかな。ちょうどその頃、別の工場でろくろをやってた友達が辞めるからと誘ってくれて移ることになった。そこで初めて仕事でろくろをひくようになってだんだん上達していったんだけど、ずっとやってるうちに自分がすごい機械化されてるんじゃないかって思うようになって。
辻:そこには、何年いたの?
キ:3年かな。自分がデザインしたやつでも、注文受けてずっとそればかりやってると、なんか自分が機械になったような感じがするわけ。それですごい疑問を感じて、自分が作るってなんだろうって、すごい思ったんだよね。それでモヤモヤしてたときに、会社も解散するって話になって。次の仕事をどうしようって考えてたら、取引先の問屋さんが「お前1人が生きていける分の注文くらいは取ってくるから、独立しろって」言ってくれて。それで独立。24歳の時かな。
辻:その頃はどんな作品を?
キ:京都の高級料亭が使う器とか写しみたいなものとか色々。あと「こんな感じで作って」って言われたのを作ったり。
辻:その職人仕事だけでも生きていけただろうけど、やっぱり、もう片方のキムホノとしての作品がムクムクと生まれてくるんですね。


キ:自分の表現というものをずっと考えてたから。考えながら、モヤモヤモヤモヤしてて。それで、注文仕事を3年ぐらいやったけど、これはもうできないと思ったの。もう無理だって。それで頼んで、1年かけて注文を減らしてもらって。で、収入が途絶えて。どうしようって。とりあえず公募展に出そうと。その頃は公募展が唯一の発表の場だった。20代のうちはあらゆる公募展に出した。入選したら展示してもらえるから。日本伝統工芸展にも入ったよ。
辻:公募展も出品したんですね。そのころ、公募展たくさんありましたよね。
キ: 東海伝統工芸展というのがあって、知り合いに出さないかって言われて出したら、たまたま入ったんだよね。田村耕一っていう人が審査委員長で、その人がすごい気に入ってくれて、本展にも出しなさいって言われて。で、本展に出したら、入って。
キ:伝統工芸展は岐阜の高島屋に巡回してたんだよね。そこの美術部の人が、僕に目をつけて、田村さんにどう思うか聞いたら「彼は、いいからやりなさいって」言ってくれたらしくて。それで高島屋で展覧会を開くことになったの。岐阜のお店の人が、日本橋の人にも話をしてくれて。
辻:そうなんですね。不思議だったんですよ。キムさんがどうして高島屋なのか。当時はどんな作品を作ってたんですか?
キ:1994年が最初の日本橋。粘土1トンを使ってめちゃくちゃ分厚い「重た皿」ってのを作った。50箱だったかな。その高島屋の人はね、すごい人だったんだよね。デパートって作り手に売り上げの半分ぐらいは保証しろみたいなことを言ってたらしいんだけど、高島屋の人が来たときに「売るのは僕の仕事じゃないから売り上げを求めるならやりたくない」って言ったら、あなたの言う通りです、売るのは私たちがやるからいい作品を作ってくださいって。


辻:陶芸家で友達とか意識してる作家とかいました?
キ:鯉江良二さんかな。僕は知らなかったんだけど、職業訓練校の同期が僕の仕事場に遊びに来た時、僕が作ったのを見て「コイエリョウジっていう人がこういうの作ってるよ」って教えてくれたんだよね。どういう人なんだろうと気になって、名前をインプットしておいたら、ある日新聞記事に載ってて、それで個展を見に行ったの。それで「僕がやろうとしてることを先にやってて悔しい」って話をしたら、すごく喜んでくれて。「俺は気にしないからどんどんやればいい」って。その時見た織部がすごく良くて安かった。だけど4000円がなくて買えなくて、1000円のぐい呑みを買った記憶がある。鯉江さんの仕事は凄い気になったね。
辻:同じ時代に生きていると気になるものが同じで、そういう偶然って起きますよね。分かります。そして、それからは、ずっと個展をひたすら?
キ:ひたすらっていうほど多くないけどね、まだ。最初のうちは年に1回か2回。1991年、92年ごろから増えていった。
辻:今が66歳でしょ。今後の制作についてはどんなふうに考えてますか。死ぬまで続ける?
キ:まあ、作れる限り作っていきたいなと思う。
辻:時代とか社会と制作との関係はどうですか。対談の前に「今年は戦後80年」「80年たっても‥」って話がありましたけど。
キ:なんかますます豊かじゃなくなってる感じがするけどね。どんどんどんどん貧困になってるんじゃないかなと。金銭的なことだけじゃなくて、あらゆるものが。だから僕のものを求める人が増えてるんじゃないかな。特に若い人たちに。やっぱりものを作るっていうのは、そういうことじゃないのかなって。
辻:どういうことですか、分かりやすく言うと。
キ:いや、だから、そういう時、何か満たされない時に、作品と出会うことによって救われるっていうか、満たされていくっていうか。そのために作ってるんじゃないかって思うわけ。だから、表現する人たちは、やっぱり貧困になっちゃいけないわけだよ、心がね。自分が求めてるものを探っていくっていうか、探検をしていくことが大事じゃないかなと思う。自分が何を良しとしてるのかっていう。それがないと、やっぱり表現できてないんじゃないかな、と。そのクエスチョンが必要だと思う。疑問を持つこと。問いかけがアートだから。
辻:既成概念にとらわれないってことですね。最後に金沢のギャラリーの名前に付けた「ライフ」という言葉について、どんなことが思い浮かびますか。ライフには生活だったり、日常だったり、命だったり、大切なものだったり、たくさんの意味がありますけど。キムさんにとってのライフは?
キ:これまでも喋ってきたけど、生活のスタイルに憧れるんじゃなくて、自分が何を求めているかを生活する中で気付いていくことが大事なんじゃないかと思う。スタイルだけ真似るんじゃなくて、探し求めた結果、あるスタイルになるってことが、特にものを作っている人には大切で、その人らしさになっていくんじゃないのかな。
辻:キムさんの話は深い!いつも刺激や学びがあります。今日は、貴重なお時間本当にありがとうございました。展覧会作品と、あとキムカフェもすごく楽しみにしてます。キムさんは、コーヒーも深煎りね!

<略歴>
キムホノ(金憲鎬、キム・ホノ) 1958年11月、愛知県瀬戸市生まれ。愛知県立窯業高等技術訓練校を卒業後、地元の製陶所などを経て独立。26歳で瀬戸市にアトリエを開く。個展を中心に精力的に新作を発表し、土俗的で力強い作品で知られる。第3回パラミタ陶芸大賞展ノミネート。「陶磁器の島AMAKUSA陶芸展」審査員。著書に「大坊珈琲の時間」、作品集「夢見るように作りたい。キムホノの仕事 1986-2021」など。


<編集後記>
小さい頃から「何かあった時この人は自分を匿ってくれるかどうか考えていた」と話すキムさん。頭の中には関東大震災の朝鮮人虐殺がありました。あれから100年余がたった今も排外主義的な動きが世界で広がる中、見る者に疑問と思考を促すとともに強張った心を解きほぐすような作品の存在が光ります。(鈴)




87th exhibition

kim hono

2025.12.05 fri. — 2026.01.18 sun.
●12/5(fri.) 6(sat.) / 13:00-16:00  キムホノさんによる「キムカフェ」

87th exhibition kim hono

2025.12.05 fri.- 2026.01.18 sun.
12:00→18:00

photo by suzuki shizuka




「まだ、見たことないモノを作りたい」と自分自身に挑戦し続ける土のアーティスト、キムホノさん。陶芸界において唯一無二の存在だ。今回も展覧会の事前打ち合わせで、瀬戸市にある工房を訪問した。キムさんにはお願いしてきたことの10%でも叶えば良いと思っている。なんせ、アーティストの気持ちはどんどんアップデートされていくものだから。その時の気持ちが、形になってでてくる。だから面白い。そして、作品が会場に並んだ時にはもう別の作品を思い描いているのだろうね。キムさんが、作家を志した40年前から決めているのは、1度発表した作品を再びどこかの展覧会に出すことはしない、ということだ。これが作家にとってどれだけ大変なことかを考えていたら、「なんか、こうやって、話しているうちに形が浮かんできたよ!」って笑顔のキムさん。あなたの作品はいつも人を元気にする。今回は、キムカフェもオープン。美味しい珈琲もお楽しみに。  店主:辻和美


●12/5(金),6(土) / 13:00-16:00 キムホノさんマスターによる「キムカフェ」



中西なちお展 延期のお知らせ

factory zoomer /life のgalleryにて、2025年10月に予定しておりました「中西なちお展」は、来年2026年2月に延期をさせていただく事になりました。

以下、トラネコボンボン中西なちおさんのインスタグラムより
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昨年から私の植物誌を一冊にまとめたいと書き進めていたのですが、ずっとやりたかったコーカサスの植物観察も少しだけで本に収録して残したいと思い、この夏、思い立って急遽ジョージアへ、草の旅に出かけました。
10月の展示には書籍の制作が間に合わず、原画のみの展覧会にしようかと思っていたのですが、書籍の制作までの時間をいただける事になりました。
既に予定を組んでくださっていたお客様には、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。来春、見にきてくださると嬉しいです。
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雪景色の中での植物の原画のご紹介は、凛とした静かな空間の中でご覧いただくことができるのではないかと思います。制作を進めていらっしゃる新刊の完成もぜひ楽しみに、お待ちいただけましたら幸いです。
詳しい日程につきましては、また改めてお知らせいたします。

factory zoomer /life

店舗スタッフ募集のお知らせ

2024.11.1 /life

factory zoomerでは、一個のグラスで幸せな一日をスタートしてもらえるように、そして、一個のグラスで、満ち足りた気持ちで一日が終われるように・・・そんなグラスを日本のスタンダードにしていければと、願って制作を続けています。人間の体温と愛情が感じられるグラスを制作し、多くの方に手渡して行きたい。そんなグラスを一人でも多くの方に手渡していってくれる方をチームの一員として迎えて働きたいと考えています。
(ガラス作家/代表取締役: 辻和美)


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■店舗スタッフ 募集要項

【 雇用形態 】アルバイト

【 仕事内容 】
・店舗運営
・工房で制作されたガラス食器の販売及び受注
・辻和美セレクトによる衣類・食器・食品など生活に纏わる作家作品やメーカー作品の仕入れ・在庫管理・販売
・オンラインショップ運営全般(受注処理・梱包発送・在庫管理・紹介ページ作成・写真撮影等)
・SNS等の更新
・年4回の中国茶稽古の運営。講師の渡邊乃月先生との連絡、稽古準備、参加者管理等
・定期販売している月とピエロのパンの販売・販売準備等
・お客様対応全般(お問い合わせ対応・制作チームとお客様の掛橋など)
・その他、店内清掃などの雑務及び、日々の売上管理等の事務作業

【 応募資格 】
・金沢市に住所がある方、または転居予定の方
・体力に自信のある方
・笑顔で働ける方
・長く働ける方
・お客様の立場になって考え、振る舞える方
・車をお持ちの方優遇(運搬などで使用していただく場合があります)

【 募集要項 】
 時  給:1000円から 能力により優遇
 勤務時間:10:00~19:00の間で時間・曜日 要相談
 待  遇:交通費規定内支給、勤務時間数により社会保険加入あり

【 勤務地 】
 ・factory zoomer /life(金沢市清川町 3-18)

■ご応募について
履歴書と志望動機、連絡先の電話番号をまとめ下記担当までお送りください。書類を拝見後、面接をお願いしたい方のみご連絡させていただきます。

応募書類送付先:〒921-8032 石川県金沢市清川町3-18  factory zoomer /life 担当:沼田 宛
またお問い合わせは以下のメールアドレスにて受け付けます。
info@factory-zoomer.com

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