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対談:lifeを探して⑫オオヤミノル「料理としてのコーヒー焙煎」

対談「lifeを探して」の12回目の相手は、ダークローストのネルドリップでコーヒー好きにファンの多い焙煎家のオオヤミノルさん。8月下旬からの「tea or coffee」展を前に、辻和美がオオヤコーヒの美味しさの秘密に迫りました。(対談は2025年7月上旬、京都市のFACTORY KAFE工船で行った。構成・鈴木弘、写真・沼田万州美)


辻:オオヤさんにはfactory zoomerにコーヒーを卸していただいて、前のお店の立ち上げ時から大変お世話になっています。豆を焙煎していた京都・美山のお宅までお願いに行ったのはもう20年も前になるんですね。オオヤコーヒと言ったら今では日本でも5本指、いや3本指に入るぐらい有名になったわけですけど、そもそもどうしてコーヒーの道に入ったんですか。
オ:ザクっと言うと、現金収入を得る可能性が僕にはもうコーヒーしか残ってなかったっていうことです。要するに何も考えずに音楽をしながら、喫茶店をやってる中で子供ができて、やっぱりちゃんとしようみたいな。スタートはそこです。なんか急に変わった、かわいすぎるから。この息子と犬って本当可愛いっていうか、もう何でもやめてやろうと思いましたね。食えないのに音楽やってるお父さんよりも、ちゃんと食えた方が(家族に)いいとこ見せられるようにも思ったし。
辻:それでどうやってコーヒーの焙煎をビジネスに?
オ:まず先代のマスターから引き継いだパチャママという喫茶店をやめました。行くところのない若い子とか美大生とかのシェルターみたいな店でした。いい喫茶店で、惜しむ人が結構いたんですよ。当時1つのモデルケースとして六曜社の奥野修さんっていう人がいたんです。彼はもともとミュージシャンで、僕らの憧れの人だったんで。でもお店って誘惑が多いし、なんか遊びの場所になっちゃって。だからやめて。それでそろそろ大学を卒業して働くような人たちが「次、何やるの」って聞くから「コーヒー焼こうかな」って。そしたら初めなんか適当に「10年分買うわ」とか言ってくれて。そういう子たちが5、6人いたから「じゃあお金もらっとくわ」って先払いでもらって。その時は何も考えてなかったんだけど、今カリフォルニアとかでコーヒーのお店がどうやって出来上がっていくか見てると、それは真っ当なことだったんですね。 要するに自分の好きな人がこれから頑張る時に投資してくれたっていうふうに思うと。
辻:まあ確かに他の国ではスポンサーとか多いですよね。
オ:僕らからすると結構ビジネスライクに聞こえるんだけど、自分が気に入って住んでるエリアに、人とのコミュニティーがあって、ちょうどいい距離にコーヒーショップがないなら、誰かやりたい人がいたら少しお金出すけどみたいな話。彼らは自分の部屋をよくするみたいな感じでお金を出してるんですよ。
辻:今のクラウドファンディングみたい。それで出資してもらった人には焙煎した豆を送り続けたわけ?
オ:そう。と言っても10万は貰えないから、5、6万貰っとこかみたいな感じで送ってたんです。彼らは東京に行って、例えばマガジンハウスに就職して、そのうち友達も買いたいとか取材したいとかいう話になって、ちょっとずつですけど始まっていったんです。
辻:それは私が美山に行った頃ですか。
オ:そう。当時は珍しいことだったんですよ。山の中でコーヒーを焼いて町に売りにくるみたいなのは多分1人もいなかった。今なら1つの物語としてブランディングに使えるけど。僕らはもっと切実で、焙煎機を買ったはいいけど煙を出したら近所から怒られるし。まあ家賃は安かったし、人との出会いとかもラッキーでした。買いたい、お金を出したいっていう人が僕を有名にしてくれたっていう側面もあります。それは若い時には気付けなかった構造ですね。
辻:みんなオオヤさんの才能に惚れ込んだんだね。
オ:そうですね。 いや、でもね、もうただ面白かっただけで。僕はでも必死で美味しくした。美味しくするぐらいしか恩返しがないと思う感じだったので。だからそのプレッシャーがあって一生懸命やり続けられて感謝しております、うん。


辻:オオヤさんは昔よく、「コーヒーや喫茶店はただの業者扱いされて下の方に見られてたから、コーヒーの立ち位置を上げたい」って言ってましたね。そのためにこれまでどんな努力をしてきたの。
オ:よく覚えてますね。1つはレクチャーですね。コーヒーの味をどういうふうに見るのかとか、なんでそういう味がするのかとか。僕らはこういう材料をこういう認識でこういうプロセスで焼いてるんですよって。それってコックさんと一緒でしょ。シェフと一緒のことをやってるんですよ、っていうのを分かってほしいの。それはもう20年近くかけてやってきてます。あとは自分たちのショップとかイベントに出た時に全くの素人の人でも「うまい」って言ってもらえる作り方は分かってきて。例えば濃いけども飲めるコーヒーとかね。ちょうどいいっていうのは単純に濃度の問題じゃない。飲み方や好みは人それぞれだけど、僕は美味しいっていうのは相対的なものじゃなくて、1点に集中してるような感じがあると思ってるんです。何かキモみたいなものがあって、それはそんなに人それぞれじゃない。だから、そこに向かっていくために濃くないとダメだと思うし、商品の名前が違ったら味が違わないとダメだと思ってる。そういう設定をすることでこの店はちょっと違うぞとお客さんに思ってもらえるような努力はしてます。あとは何かな。ちょっと偉そうにすることかな、立ち位置を上げるために(笑)。ちょっと偉そうだと自信ありげに見えるでしょ。
辻:オオヤさんを見てると、工芸とかファッションとか、コーヒー以外の分野の人たちと交流している印象があります。
オ:それも立ち位置を上げるための努力かもしれない。要するに目で見るものは分かりやすい、一段階目のハードルが低い。それに対して味で感じるものは分かりにくい、一段階目のハードルが高いんです。美味しいって抽象的だから裏付けがないみたいな。目で見て美しいと感じるものはある程度理解しやすい。それでこの美しいものを作ってる人が僕のコーヒーをいいと思ってくれてる、僕たちの仕事を認めてくれてるっていうのが必要だったと思います。初めだけの問題でその後はね、どっちも深い世界だと思うんですけど。


辻:私たち生活工芸の作家とも付き合いがありますよね。
オ:この間、松本のクラフトフェアで「不完全の美」をテーマに展示をしてましたけど、工芸家の中で最初にちゃんとお付き合いさせていただいたのは辻さんなんですよ。よく勉強させてもらった中で思ったのは、美しいものの中には不完全の美とか未完成の美っていうものがあるけど、味には一切ないんですね。音楽にも下手ウマってあるけど、舌には下手ウマはない。幼い良さとか若い武器とかは。それは音楽にも絵画にも工芸にもあるだろうし、室町のお茶の人は好きだったと思うんだけど、味には一切ないんですよ。ただ、不味いってことですよね。
ちょっと話が脱線しますけど、お茶とワインっていうのは生きてる味の飲み物なんですけど、コーヒーとウイスキーは死んでる味の飲み物なんです。だいたいコーヒーもウイスキーも正直に味を説明すると苦いとか渋いとかエグ味があるとか、まずい要素でしか説明しないんですよ。それまずいの?って聞かれたら、いや、これは美味いんだよね、なぜかみたいな。でも、お茶はフルーティって言ったら本当にちょっとフルーツだし、花のにおいって言ったら本当に花のにおいがするじゃないですか。ワインもそう。生かすものっていうのは美の表現に近いし、その中には不完全さみたいなのも美味しさとかに捉えられるようなんですけど、コーヒーとかウイスキーの世界っていうのは、そういうのはない。だからお茶とコーヒーは兄弟のように語られるけど、正反対だなって。僕はいつもお茶とかワインがうらやましいです。表現が具体的だから。 色もあるし。僕らやってもやっても黒ですから。


辻:じゃあオオヤコーヒが目指すコーヒーの味っていうのは? どういうのが美味しいって思ってるの。
オ:僕のポイントはどんなに濃く濃度を上げても口に刺さらないというか、染み込まないようなものが美味しいと思ってるんです。それは味がどうだとか、構成がとかいうよりも、どんだけ濃度を上げても初め口に油がついて味を感じないみたいな。「遠い味」って言ったら分かりやすいのかな。そういうものを目指しました。具体的には濃度をある程度以上あげると塩味がする。この2つはすごく僕らのコーヒーの中で大きなポイントです。それは浅く焼いたものも深く焼いたものも、濃度が上がっても口に染み込まないようにする。飲んですぐ味がウッてくるようなものじゃなくて、ちょっとオブラートに包んだ味みたいな。これはコーヒーに限らず、どの食材でもそういう傾向があると思ったし、あともう1個は凝縮されたものはそのコーヒーだったらコーヒーの味以外に塩っぽい味がする。
辻:どんな食材でも?
オ:お茶もだから、とても凝縮されたいいお茶はちょっと塩味を感じるし、いい加工されたお茶はめっちゃ濃くしても口に刺さらない。多分、塩味はアミノ酸だと思うんです。その口に刺さらないっていうのは、もとから味の構成要素がすべて丸い構成要素になってて、まるで酸っぱいっていうとんがったものも、三角の角が丁寧に丸まってるんで、それが凝縮すれば凝縮するほど一体化するんですよね。例えばカルピスも薄かったら酸があるのに、原液飲んだらすごいまろやかでミルキーみたいな感じで。要するに味の構成要素の間に水が入ってきて距離ができることで逆に刺激的なものになっていくみたいな。うまくできてるものは凝縮すればするほど、口に刺さらないけども余韻がずっと続くみたいなものになるっていう、それを目指してます。
辻:味を見極める舌はどうやって鍛えたんですか。
オ:別に小さい頃から蘊蓄聞きながら美味いもん食ってきたわけじゃないんです。そんな家じゃなかった。でも舌ってそんな鍛える必要はなくて、美味しいっていうのは味の他に権威とか何か見極める時に邪魔なものがありすぎて、今までの教育で。ただそこにはちょっと哲学みたいなものがあって。ポテトチップスがなんぼでも食えるって言った時に、それが1ヶ月食べなかったからなんぼでも食えるなのか、今まで食ってたのと違うポテトチップスだからなんぼでも食えるのかで、「なんぼでも食える」の差は大きいみたいな。そういう変なロジックが昔から好きでした。だから(この仕事は)自分に向いていたと思います。「感性」って言われるのもあんまり好きじゃない。感性じゃないけど、味の構成、アミノ酸とか、メイラード反応とか、タンパク質が変わっていくと甘くなるとかいったことをしゃべるんです。美味しいって不確定要素が多くて相対的になる。だから美味しいものって何だろうっていつも考えてます。コーヒーも構造主義みたいなもので、構造の配列において美味い不味いが変わっていくんだと思った時、じゃあ細かくいってみようかと。実に馬鹿馬鹿しいけどキュウリにハチミツをかけたらメロンになるみたいな話じゃないですかそれって。


辻:カフェ工船で出してるトーストも一見ミスマッチなんだけど食べると美味しい。その味の実験がすごく面白い。
オ:ありがとうございます。僕らは今のアメリカのスペシャルティコーヒーみたいなトレーニングはしてないです。さっき言ったように美味いものはコーヒーも寿司も全部、凝縮したら口に刺さらない作り方になってるっていうのと、塩を使ってなくても塩味があるっていう2つ。だからトレーニングよりも結構、頭でいってる。想像の頭で。必要のないトレーニングをすると、ある1つの知識の方に向いちゃって、オリジナリティーが発揮できなくなるんですよ。
辻:10年ぐらい前かな。サードウェイブ、第3世代って呼ばれる酸っぱいコーヒーが出てきたじゃないですか。私は苦手だけど、みんなは美味しいって言う。あれはどう思います。
オ:これ面白いですね。要するにカッコいいかどうかの話だったと思うんです、あれって。酸っぱいコーヒーが好きだろうが嫌いだろうが、カッコいい人たちと付き合ってるということは、これは美味いっていうことで。だからニューヨーカーがコメ食えないくせに、寿司は大好きみたいなね。食い手の方が欲望じゃなくて、知識で食い出すみたいな。うん、これはトランプは、トランプの話は今しなくていいですね。
辻:サードウェイブのコーヒー飲んだ時にどう思いました? 雑誌の仕事も兼ねてカリフォルニアにも行きましたよね。
オ:さすがだなと思いました。日本でも昔から浅焼きのコーヒーってあったけど、それの問題点をすべてクリアしてたんで。ふつう浅く焼いた酸っぱいコーヒーは、その代わり香りはたくさん残るんです。だから香り重視の人は味は酸っぱく、浅く焼いてる人がいっぱいいたんですけども、渋みとかちょっとしたエグ味とかも出てしまう。水分率11%の乾物の豆に火を入れて、コーヒーとして飲めるものまでもっていくっていう作業の根本のやり方が、日本人が作ったものでは、浅焼きでは少し問題が出てくる。 要するに、渋みを取ったら、今度は個性が没個性になるとか、材料としての植物性が死んじゃうみたいな。それをアメリカ人の気質っていうのか、焙煎の技術は高いなと思いました。それでうちは調べてすぐそのやり方を取り入れました。「エースメソッド」って言うんですけども。アメリカのスペシャルティコーヒーアソシエーションの中の焙煎研究機関がエースって言うんです。
辻:そのへんオオヤさんはすごく柔軟ですね。今まで濃い深焼きで押してたのに、「俺は浅焼きはやらない」って言わないところが。


オ:ラッキーだったのは、深焼きが美味しい、浅焼きが美味しい、その真ん中が美味しいって、いろんな派があったんだけど、僕は「別にどれも美味くないじゃん」って思いながらコーヒーやってたんです。「ほっぺが落ちるようなコーヒーないじゃん」って。それをもうちょっといけないかなと思ってたし。あと植物を生で出すのも、焦がし切るのも材料の使い方として問題があるなと。そんな料理人はいないよね。さっき言ったように分かりにくくて殺す料理だから「俺のコロンビアのベスト焙煎ポイントはここだ」みたいなことがあり得るのかな、みたいな疑問がどんどん出てくる。ちょうどそんな時に辻さんと出会って、辻さんのギャラリーを見て、僕が知ってる職人系の作家とは違う現代美術の話もしてくれるスタンスに触れたんですよ。だから結構その臨機応変に仕事ができるようになったのも辻さんのお陰なんです。
辻:えー、本当に?
オ:そうですよ。作品を入れる箱も、包む紐も、もう全ての方向に向かってベストを尽くしてる、って言われて。じゃあ僕らが1杯のコーヒーに対して全方向でベストを尽くすってどういうことなのかなって。自分のプライドが全方向にエフェクトして、自分のガラスに触れる全てのものをデザインしてるっていう話をしてくれましたよ。それを僕らの仕事に当てはめたらどうなるのか考えたら今の形ができたって感じです。色々パクらせてもらってます。
辻:そう言えば、ここ本当は「FACTORY KAFE工船」って名前でしたね。なんで頭にFACTORYを付けたんだろうって不思議に思ってた。「KAFE工船」で十分なのに。
オ:本当にズーマをパクったんです。ちょうど売り上げが上がってくる時期にね。どこまで1人でやるんだろうって考えて。お客さんはコツコツ1人で焼いてる方が喜ぶんだけど。大きい焙煎機を買うと「薄利多売=悪」みたいなイメージがあって。辻和美とファクトリーズーマ。要するにこれって内山田洋とクールファイブだ、バンドじゃんかって。音楽なんかやったら家族に迷惑かけるからバンドなんて2度としないと思ってたけど、これならできるじゃん、名案だと。バンドで行こうと思って、オオヤミノル&カフェ工船。


辻:それで25年ぐらいかけてコーヒー屋さんの立ち位置も変わってきたんじゃない? 振り返って変わったなと思うことは。
オ:1つ言えるのは、やった分だけやってない人より確実に実力はあるっていう自信ですね。同世代の人と比べて僕の方がちょっと深くやってるなっていう。自分がものすごくやった自負はある。話してても僕の方が経験値に基づいた知識が多いし、科学的エビデンスに基づいたテクニックの凝縮したアメリカのスペシャルティコーヒーの人たちとも議論ができる。商売しながらだから、彼らほどエビデンスを追求できなかったにしても、20年やってきた分はよく知ってる。あとはそんなに変わったことはないですね。
辻:日本のコーヒー業界の中で影響を受けた人はいますか。
オ:やっぱり、京都の奥野修さん。六曜社の地下店のマスター。味の影響は受けなかったんだけど、一貫して奥野さんが言ってたのは「コーヒーはコーヒーだから、コーヒー以上の味なんかないんだよ」って。やりすぎると恥ずかしいみたいな。決してまずいコーヒーじゃなくて、彼のコーヒーは誠実な美味しいコーヒーだったんだけど、目一杯やった味はなんか恥ずかしくない?みたいな感じを持ってる人で、さすがミュージシャンで、だから今もミュージシャンをやる続けてる人なんですけど。要するに表面的なカッコ良さじゃなくてカッコいいってのがあるっていうのをずっと言ってくれた先輩で、カッコいい美味しいとダサい美味しいと2つあるって。カッコいい美味しいでいけるかどうか。美味しいけどダサい場合もあるし。
辻:じゃあ表参道でやってた大坊珈琲店の大坊さんは?
オ:とても尊敬してるんですが、僕は実はあんまり影響を受けてないです。ただ、あのようにしたら、あのように評価されるんだな、みたいなものはとても見せてもらいました。で僕はやめとこうと思いました。彼は純粋にそれをやっただけな人なんですけど、誰もしゃべらないようにちょっと怖く怒るお店を若いのに作ろうとしてる人とか出てくるのを見て、やっぱり正解だと思いました。カッコいいからなんかストイックで、求道者みたいで、みんなカッコいいって素敵で、やっぱ美味しいよね、って言うんですけども、実はカッコよくも美味しくもなるのにわざと遠回りする方が、みんなが感動するっていう話じゃないですか。わざと遠回りして出来上がった物語、ストーリーっていうのは、ちょっといかさまなんですよね。大体は、うん。
辻:それって古道具の世界とちょっと似てるね。古道具坂田さんがいて、その後に出てきた人たちの感じが。
オ:僕の想像ではあるけど、坂田さんのメインはちゃんとしたものを売ってたんだと思うんですね。それがちゃんとしてないものからスタートする形で、今ものすごいなんかアーティスト系みたいな古道具屋さんがいっぱいいて、結構な値段をつけてて、それは面白い。けどもう古道具屋さんじゃなくて違う業種になってる。でも僕の世代からしたら、死んでも人が選んで提案したものなんて買わないと思う。自分で探したい、見つけたいと思うし。ZAKKA(東京)が素敵だって、そうやって提案していったと思うんですけど、あれは若かったから勉強の場になったんで、勉強のために古道具なんて買わないから。
辻:提案されたものが、みんな楽なんだろうね。
オ:だからZAKKAのようなZAKKAチルドレンの雑貨屋さん、大坊さんのような大坊チルドレンのコーヒー屋さん。要するに2番手って僕が呼ぶ人はよく似てる。何か形を変えて、物語だけを追いかける演劇的でパフォーマンス的な感じがあって。そのことをでも消費者もこれは工芸の消費者も近いと思うんですけど、それを素敵だ、美味しいって言ったりしてる。だからさっきの話につながりますけど、自分のコーヒーの立ち位置を上げたりとか、自分のキャリア、みんなから尊敬されることが、お金をもらう裏付けにしてきた身からすると、それじゃあ浅はかなものにすぐに戻っちゃうみたいな気がして。だからあまり成果は出なかった気がします。 そういう意味で売り上げは上がって食べられるようにはなったけれども、何か思ってたようにいいようになったわけではないなって。それは結構ネガティブじゃなく言いたい。 じゃあもう1丁やったろうかとも思うし、その場合は。逆にすぐそのレベルに戻るなら、まだ俺にやって欲しいって言ってくれる人がまた現れる可能性があるよね。


辻:それで最後の質問ね。去年「factory zoomer/life」という名前のお店を作ったんですけど、ライフって聞いた時に最初に思うことは何ですか。
オ:ライフは日々の生活じゃなくて、人生と根性とでも言いたい。僕はシャンソンがとても好きで若い時を過ごしたので、彼らは「ラヴィ」って言うんですね。「セコムサ」とか。「こんなもんだよ、人生は」みたいな。悲しいこともあって、楽しいこともあって、でも死んでしまうしね、みたいなね。とてもカッコいいことで、みんな人生って言えばいいと思いますねライフのことを。で、人生は素晴らしい。
辻: なんて素晴らしい答えでしょう。
オ:人生は素晴らしい。だって死んでしまったらおしまいだもん。人生に乾杯とか言ってみたいですよね。でもそろそろ言えるのかな。辻さんとはもう長い付き合いだし。最後に強調したいのは僕、本当に辻さんたちについていったんです。それは生活工芸のムーブメントじゃなくて、作家一人ひとりのデザインと向き合う力とか消費されないためのすごい努力とかについていったつもりです。僕のモデルは生活工芸で生き残ってる人たちです。
辻:生活工芸のメンバーは一応いろんなことを考えてまだ新しいことをやってるよね。みんな器を作ってるから、味を作ってる人と何か一緒にできたのは良かったと思うんです。一緒に盛り上がれたというか。
オ:また、おじいさんとおばあさんになったら、もう1発やりたいなと思います。


<略歴>
オオヤミノル 1967年生まれ。京都出身。オーヤコーヒ焙煎所代表。20代から京都市内で喫茶店やバーを営む一方、京都・美山で独学でコーヒー焙煎を始め、ダークローストで人気を集める。現在はネルドリップ専門店の「FACTORY KAFE工船」(京都)、エスプレッソコーヒーの「Café gewa」(倉敷)を経営するほか、東京での出店を計画中。各地のイベントに参加し、美味しいコーヒーのための実践的なレクチャーも行っている。著書に「美味しいコーヒーって何だ?」(マガジンハウス)「珈琲の建設」「喫茶店のディスクール」(誠光社)など。


<編集後記>
オオヤさんの言葉は時に難解で理屈っぽく聞こえますが、それも味という抽象的なものを正確に捉え、相手と分かり合いたいという熱意やコーヒーへの愛あればこそ。「アーティストのように作ってロックミュージシャンのように表現したい」。その信条通りの姿に見えます。(鈴木)




86th exhibition

tea or coffee?

2025.08.22 fri. — 10.19 sun.
●8/22(fri.) 23(sat.) オオヤコーヒ焙煎所・オオヤミノルさんによるコーヒーマスター
●9/12(fri.) 月乃音・渡邊乃月さんによるティー バー
ー参加ー
有瀬龍介、安藤雅信、石原稔久、市川孝、井山三希子、岩田圭介、内田京子、内田鋼一、小慢、竹俣勇壱、月乃音、佃眞吾、中本純也、美人瑜、藤田真由美、三谷龍二、矢野義憲、山本亮平、羅翌慎、オオヤコーヒ、キム・ホノ、パク・ミギョン、ikken、LIGHT YEARS、factory zoomer(敬称略)

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